307話 串です
食前酒で口を湿らせて、食欲を呼び覚ましてからいよいよ食事の開始だ。
「まずは、こちらの皿を」
そう勧められたのは、大皿の上に並ぶ数々のおつまみのような軽食である。
香草と肉を一口大に巻いものや、チーズと緑黄色野菜、肉に魚介に野菜が小さく切られて重ねられ串止めされている。
干し果実をベーコンで巻いたり、ホタテとトマトの組み合わせや、茹でエビとオリーブの塩漬けとゆで卵、見た目も味付けも多岐にとんでいてまるで前菜の舞踏会のようだ。
そのいずれもが串に刺してあって、それがこの料理であるらしい。
まるで一口菓子盛り合せのようではないか。
「これは串で差して食べやすくしたピンチョスだよ。手で食べても無作法とはとられないから気軽に楽しんでみて」
これは立食パーティで喜ばれそうだ。
紳士が片手にシャンパンか白ワインを持って、もう片方は串をつまんで優雅に口に運ぶなんていいではないか。
主催者の家の紋を象った金属の串や楊枝で止めたり、その催しにちなんだ形をあしらうのはどうだろう。
何といっても一口サイズなので、口にポイッと放り込めるのは口紅がとれる心配もない。
もちろん王国にも軽食を串を差したものは出ないこともないとは思うが、見かけてもチーズくらいであろうか?
立食とはいえ王国の風潮では着席して食べる事の方が多く、手でつまめる料理というのはお茶会用のティーサンドイッチしか思い浮かばない。
そして目で楽しんで迷うというのも、はしたないかもしれないがワクワクしてくるではないか。
これは子供受けも良さそうだし、野外でのパーティにも向いていそうだ。
ピクニックバスケットに入れてもいいだろう。
それとも屋台で販売とかも?
種類が多くて、全部を頬張ることが出来ないのが残念である。
選んだピンチョスをひとつずつ味わって、その違いを確認する。
弾けるミニトマトの濃い旨みが、組み合わせの相手によく馴染む。
魚介のピンチョスは、身が小さいながらもプリっとしていて歯応えが嬉しい。
小さなひとつずつが、独立した料理なのである。
どれもしっかりとした味があって、お酒のつまみに丁度良いかんじだ。
「味がハッキリして美味しいですわ。お酒にとても合いそう」
「君はお酒を嗜むの?」
驚くガルシアに、ぶんぶんと首を振ってみせた。
あぶないあぶない。
「塩味が強いものは、お酒のおつまみに合うと聞いたことがあるだけですわ」
ちょっと危ういが、なんとかごまかせたようだ。
この体ではまだお酒を飲んだ事は無いが、前世は付き合い程度には嗜んでいた。
塩気の強い鰹の酒盗に日本酒を1杯なんて、大好きな組み合わせだ。
この料理も、さぞかしお酒に合うだろう。
暑い日に、キンキンに冷やした辛口の白ワインでいただきたいものだ。
「グローセンハング共和国は、暑い国なのでしたっけ?」
「そうだね。こちらに比べると日差しも強くて気温も高い。1年を通して温暖だといっていいね。だからオリーブが良く育つんだ。うちの料理には油橄欖の実やオイルがふんだんに使われているんだよ」
何だか受け答えまで気さくになっているし、最初に会った時と別人のようだ。
「まあ、では余り冬の寒さとは縁がないのですね」
「寒いといえばそうだけれどこちらほどではないだろうね。雪というものを見た事がないし、比較的穏やかだと思うよ」
「それは羨ましいかぎりですわ。リーベスヴィッセン王国もその周辺も冬の寒さには手を焼いていますもの」
「ああ、前回だかの厳冬では大変だったみたいだね」
「ええ、そういう気候の土地のせいか王国の味付けは暑くて塩分を必要とする共和国のものと比べると少し味が薄いのだと思います。グローセンハング料理を流行らせたいと思うなら塩加減を調節した方がいいと思いますわ」
恒常的に温かく汗をかくことが多い暑い国は、熱中症もあるし塩の補給を意識した結果、塩味が強いのかもしれない。
反対の寒い国は保存の為の塩漬けで、塩辛いものが多いけれど。
「確かに私にはこちらの味は物足りないね。だからこそはっきりした味のうちの料理は受けると思っていたんだけど」
「最初は新鮮だと思いますが、塩加減に慣れていないと食が進まない人も多いと思いますわ。最初の1口2口は美味しく食べられても、続かなければ食事とは言えません。少しだけ相手の国の味に寄せるのは大事だと思います」
現に塩加減のせいか、既に私の喉は水を欲していた。
「君は本当に商売人だったんだね。実は侯爵家のお嬢様が道楽で商いに関わっていると思って、みくびっていたよ。きちんと君なりに判断しているんだね」
ガルシアは、私の意見を真摯に受け止めたようだ。
私に対して彼のような誤解を持っている人は多い。
普通は貴族の令嬢などが、商品開発しているとか思わないもの。
アニカ・シュヴァルツのように自ら広告塔としてミニスカートを履いたりネイルをしているわけでもないので、親しくない人からは、別に発案者がいてもおかしくないと思われるだろう。
見てくれがこうなので、さんざんその様な思い込みはされてきた。
中には賢者に対抗して、商売が出来るふりをしてるとうがった見方をする人もいて偏見とは面倒臭いものだ。