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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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302話 紋章です

 封蝋とは家や個人を表す紋章を型どった印璽や印章指輪を使って蝋で書状などに刻印するものだ。

 日本で契約に印鑑が使われたように、本人証明のひとつである。

 役所で印鑑証明を作るように、こちらでは紋章院という紋章を登録し保存し、記録に残す機関も存在している。

 紋章とは家系を明らかにする重要なものである為、重複する事も許されないのだ。

 紋章を管理する為にひとつの機関があるなんて、最初は驚いたけれども実印や銀行印の様に大事なものだと思えば納得が出来た。


 例えばハイデマリーの家のレーヴライン侯爵家の流れを汲む貴族は、特産品の茶葉を表す葉を紋章の何処かにあしらっている。

 エーベルハルトだと盾がそれに当たる。

 国境を守る盾が象徴なのだ。

 これは有り得ない事だが、もし兄がエーベルハルトを継がずにハイデマリーと結婚して別に領地と爵位を戴くとすると、新しく葉と盾がひとつに描かれた紋章が作られて子孫に継がれるのだ。

 紋章を見れば、その根源が知れる。

 貴族の血筋とは、その国の歴史なのである。

 紋章が重複していないかの管理や違法紋章の摘発の為、紋章院に属する紋章官という厳格な職もあるのだという。


 今、私が手にしている封蝋の紋章は文字が2つ組み合わさったシンプルなものだ。

 王国では考えられない文字だけで作られた紋章。

 現代日本の企業のマークみたいな感じだ。

 話には聞いていたが、これが商業国家の紋章であるらしい。

「ルフィノ・ガルシア様からの招待状ですね。随分シャルロッテ様を気に入られたのでは?」

 ソフィアも年頃の娘らしく、見目好いガルシアには好印象のようだ。

 ナハディガルの事もうっとりして見ていることもあるし、中々の面食いなのだろう。

 この招待状はあの商人に気に入られたというより、悩みを聞いた事への謝礼だと思うのだけど……。

 知り合ったばかりの人間にする話ではなかったし、きっとひとりになってから後悔した事だろう。


 中身は形式に乗っ取った礼儀正しい文章で、ちゃんとお手本なり文官のアドバイスを聞いて書かれたものだとわかる。

「お国の料理の品評会……」

 招待状の内容はグローゼンハング共和国の料理を広める為に品評会を開きたいので、その試食をお願いしたいとの事だ。

 誰かが私が食べ物に弱いとか漏らしたのかしら?

 あちらの料理といえばロンメルにもらったポルボロンもそうだし、知らない調理法や味に会えるのは間違いない。

 これは是非出席したいところである。

 でも王子が聞いたら、いい顔はしないのではないかしら?

 異国の客人2人とちょっと話をしただけで、あんな話を勘違いするくらいだ。

 独身の男性の招待にのったら、気を悪くするだろうか?

 それともこの間の事を糧にして、気にしない様にしてくれるかしら?

 料理の品評会ならば他にも人はいるだろうし、ご飯を食べて感想を伝えるだけなんて色気の入る隙もない訳だし……。

 王子を不安にさせるのは本意ではないし、私はたっぷりと悩んでから王子に一筆したためた。


 かの国の料理文化を知る為にルフィノ・ガルシアの招待を受ける事にしたと。

 私が料理好きなのは既に周知の事実だし、知らない国の食べ物は心の中で旅を感じさせてその想像の羽根は遠くの土地に連れて行ってくれる得がたいものだ。

 後学の為だとわかってくれれば、王子もわかってくれるだろう。

 人伝や本ではわからないことを、料理は教えてくれる。

 今後外交を考えても、商業国家の料理を口にしておくのはいい話ではないか。

 他の商人と同じくシーズンが終わればこの国を去る人だし、1度くらい食卓を共にするのは悪くない。

 色々言い訳を自分にしてみたが、知らないものを食べてみたいという食欲に忠実な部分を隠す事は無理そうであった。


 王子とルフィノ・ガルシアにその旨をしたためた便箋を封筒にいれて(フラップ)を折ってから、黒の蝋燭に火を付けて溶けた蝋を落とした。

 白い封筒に落ちた黒い蝋はまるで艶やかなクロちゃんの毛並みの様だ。

 前世では封書の蓋は糊やテープで張って終わりだったけれど、この儀式めいた手間が私は好きでたまらない。

 溶けた蝋を丸く落とすのも練習がいった。

 何度も練習して上手く形が作れるようになると、楽しいものだ。

 少し待って蝋の表面が固まってきたところを、自分の印璽で刻印する。

 ズレないように軽めに抑えて固定するとぷくりと脇に逃げた蝋が膨らむのが可愛らしい。

 それから注意を払って、そっと印璽を持ち上げるとそこには仔山羊の封蝋が出来上がっている。

 私の紋章は仔山羊と月と星という、エーベルハルトの出自とは全く関係の無いものが割り当てられた。

 まあ、仔山羊基金のそれである。

 これは私1代限りのものだそうで、もし継ぐ者がいるとしたら私が亡くなった後に出現するかもしれない聖女が望めばとの話である。

 何とも気が長い話ではないか。


 貴族社会というのは特権や差別が目につくけれど、人ひとりではない、そういう長く受け継がれた有形無形のモノで成り立っているところは悪くないのではないかと思えた。


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