300話 家です
とりあえず、私の家に対する意見が欲しいのよね?
学者の生家であるアインホルンは伯爵位だし、それなりの館だろう。
でも、三男坊ならそこほど家に拘らなくても、貴族の名誉には障らないのでは?
まあ、王国見聞隊の顧問であることを考えると、ある程度の家構えは必要かもしれないが。
でも、この男は家にこだわりどころか、研究室に泊まり込みも気にしなさそうなのだけど。
「知っての通り僕は寝泊まり出来れば、それこそ納屋でもいいからね。貴族のお嬢さんはどんな家を好むか、さっぱりわからないので力になって欲しいんだよ」
あら?お相手は貴族令嬢なのね。
自分の事をよく分かっているようだ。
挙動不審ながら、その問は真剣だ。
やっぱり結婚の予定なのかしら?
これは、ヨゼフィーネ夫人も大喜びね。
子供の結婚式なんて感無量だわ。
さて、私の好みは一般的な令嬢と違っていそうだけれど、それでも大丈夫かしら?
「あくまで私個人の好みの話ですから、令嬢の代表意見であるとか思ってはいけませんよ? そうですね、あまり大きい家は目が届かないので、こじんまりとしたものがいいかもしれませんね」
とりあえず家のサイズは大き過ぎると掃除が大変だ。
そう考えると、ほどほどがいいだろう。
「やっぱり石造りがいいかい? 石と漆喰よりもレンガがいいのかな?」
旅路で泊まった色々な宿を思い出してみる。
素朴ながら手入れが行き届いて、どこも居心地が良かった。
「木造が好きですけど、長く住むなら石造りの方がいいかもしれませんね。田舎風というか農家風のコテージのようなものが好みといえばそうです。大きな自然木の歪みを生かした柱や梁に、漆喰を塗り込めた白い壁とかでしたら木造、石造どちらの良さもあって温かみを感じられていいと思います」
ギルは私の意見を真剣にメモしている。
こういう世俗的な話をギルベルトとする事になるとは、思ってもみなかった。
「確かに石だけだと頑健だけど雰囲気が硬いからねえ。とにかく冷えるしね。内装とかも絢爛豪華よりは、素朴なものが?」
「そうですね。木製家具は木目を活かして磨き上げたものがいいですね。塗料で塗り潰すのは勿体なく感じてしまって。窓は大きく明かりが入るもので。ああ! 窓から池や樹木が見られると、最高だと思うのです」
田園風景を眺めながら、そんな家に暮らせたらそれはなんて幸せだろう。
庭には四季の花を植えて、薬草も飾りたい。
食器棚には可愛くて綺麗な焼き物を並べて、絵付けの皿を立てて飾るのもいいだろう。
床はやはり板張りで、蜜蝋で磨き上げるのだ。
石造りだと、壁掛けや床に厚い絨毯を敷き詰めないと冷えて仕方がないだろうが、基礎を石造りにして漆喰で塗ればそんなに気にならないだろう。漆喰は保温や調湿性に優れているというし暮らしやすいはずだ。
普段、石造りの王宮や館に住んでいるので、隣の芝生は青いという訳ではないが、そういう造りに憧れがある。
「それとやはり図書室は欲しいですわね。最初は棚が空っぽでも好きな本で埋めていく楽しみがありますし、素敵ですわ」
「確かにそれは大事だね!」
ギルも研究者だけあって、図書室の重要性をわかっている。
古典や世界史は普遍であるので司書に頼んでおすすめのものを用意してもらうのがいいだとか、気に入った新書を後からいれるのだとか、本棚の色や材質等にまで話が弾む。
何だか興が乗ってきた。
ともかく最初は最低限の家具だけを入れて、そこから買い揃えるのが楽しいのだ。
時間が許すのならば、家具職人に好みを伝えて作らせるのも悪くない。
外階段のある2階建てで、朝食やお茶を楽しめるちいさなテラスがあると楽しそう。
ところで何故こんな話をしているのだっけ?
はたと気付いて思い返す。
「あの私の好みの話になり過ぎてしまって、参考にならないのではないでしょうか?」
「いやいや、とても有意義な話だったよ。人によってこだわる部分も違うし。お嬢さんは台所と図書室が1番大事そうだよね」
「あ! こだわると言えばお風呂ですわね。大きな浴場に洗い場、たっぷりお湯が入る湯船は譲れませんわ!」
「なるほど浴場ね。家の敷地に建てるのは贅沢だけど悪くないねえ」
「別に建てるのですか?」
「さっき言ってた形の家だと浴室の湿気が他の部屋に上がりそうじゃないかい? 農家風の家だと桶にお湯を張って体を拭くくらいしか出来ないだろう? 大きな石造りの館なら別だけど、それでも排水の問題もあるし、別に建てる方が建物も痛まないと思うんだよ。特に湿気は本に悪いしね」
なるほど、だからこの世界の家には備え付けの風呂を備えている館が少ないのか。
お湯に浸かると毛穴が開き、そこから瘴気が入り込んで病気になるとか迷信もあったくらいなのでそういうものかもしれない。
確かにエーベルハルトの家でも入浴は持ち運びの出来る猫足の陶器のバスタブであるし、ゆったりふんだんにお湯を使えるお風呂という訳では無いのだ。
王宮の客間も同様で、特別といえば王族用に風呂だけの為の建物があるとは聞いた事があるが、流石にそちらには入ったことは無い。
「庶民の方々はお風呂はどうなさっているの?」
「はて? どうなんだろう?」
流石のギルも貴族なだけあって公衆浴場に行った事はないようだ。
「湯沸かしの横で体を拭くくらいですよ。夏とかは水浴びもするけど。後は公衆浴場もあるけど、そこも小さい木桶が並んでて、シャルロッテ様のいうような浴場は見たことないかも」
アリッサがそう教えてくれた。