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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

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294話 悪徳の神です

 学者は手元の本を開いた。

「そして君は悪徳の神説を推しているんだよね?」

「説という程ではありませんわ。その屍食教という存在を知りませんでしたし、私には神話の生き物か何かがやっているとしか思えませんでしたの。人が犯す殺人としてはおかしな話しすぎて」

「まあ、『噛みつき男』なんて名前がついたら、みんな悪徳の神をそのまま思い出すからねえ。ただ、その神の資料は少ないんだよね」

 学者は自分の頭をわさわさと掻きむしると、大きな溜息をついた。


「悪漢達を黒山羊様の目から隠すので、悪い人達には人気の神様なのではないですか?」

「悪さを続ける人間にはいいかもね。ただ、童謡にある通り真の名前を呼ぶと来るといわれる神だからね。それと同じ様に悪徳の神を詳しく知ろうとすると、向こうに目をつけられるんだよ。お嬢さんも気をつけるがいい」

 いつになく真剣な顔つきで、そう告げられた。

 触らぬ神に祟りなしという事だろうか?

「公に分かっているのは頭の無い白い巨漢で、両手の平に口がついていることかな」

 そういって古い本の挿し絵を見せてくれる。

 これはどうやら写本のようだ。

 不揃いの字にインクの滲み跡がそれを示している。

 そこから活版印刷が発明される前に書かれたのだろう。

 その絵は白く溺死体の様なぶよぶよと膨らんだ体で、両手を前に突き出している。

 突き出したその掌には裂け目があり、そこに歯が並んでいた。

 頭部ははなく肩がなだらかな曲線を描いて繋がっている。

「禁忌」と見出しがあり、名前を知ってはいけない詳しく知ってはいけないとの文章が見えた。


「ギル様は『Yの手』なるものをご存知ですか?」

「Yの手?」

「私もロンメル様から聞いたのでうろ覚えなのですが、それは手の彫像で『Y』とはその手の持ち主の名前の頭文字なのだそうです。何故頭文字かというと、名前を知るとその手の持ち主が現れるから頭文字だけで呼ばれていると」

 学者の瞳が輝き出した。

「なるほど、なるほど。君はこう言いたいのだね。『Y』とは、まるで悪徳の神ではないかと」

 私はこくんと頷いた。

「さすがはロンメル商会の会長だね。相手が物であれば何でも通じていそうだ。『Yの手』か、調べてみるのもいいな」

 何だか殺人事件よりも、学者の気持ちはそちらに向いてしまったようだ。

 とりあえず、商会会長から聞いた話は学者と共有しておいた。

「ロンメル様が言うには『Y』で始まる長い名前を見聞きしそうになったら直ぐに避けるようにとの事です」

「ふむふむ。彼の話からして悪徳の神で間違いないようだね。それにしても神の名は秘匿される事が多いから頭文字だけでも判明しているのは大きいね。それはそれだけその土地に根差しているということだ」

 確か「Yの手」は商業国家の話だったはず。

 今はルフィノ・ガルシアもだが、あの国からの客も多いと聞く。

 そのうちの誰かが、それを持ち込んでいるとしたら?

 好事家の中には逸話を聞いて大枚をはたいてそれを購入する人もいるかもしれない。

 それを実行する人も。

 神の名のもとに行われる犯行程、本人は罪悪感から解放されるのだ。

 ガルシアは自国の事を、拝金主義と言っていたっけ。

 私の前の世の神様はお金や科学にその座を奪われたのだという。

 目の前にいない神様よりも、生活に直結するお金を大事にするのはおかしくは無いように思える。

 そうして信仰を無くした人々は、自分達の心の中から神々を追放したのだ。

 もしかしたら商業国家もそれと同じ道を歩むのではないかと少々の危惧を覚えたが、皮肉な事に悪徳の神が金と欲に忠実な人の心を掴み住まうのだからその心配は無用ということか。


 まるで悪心を持つ人達の為に作られたような存在ではないか。

 彼らが神を手放さない為に、必要な神だとでもいっているようだ。

 頭文字が知られるくらい浸透しているのだもの。

 そんな国で神々が忘れ去られるはずはないのだ。

 人を殺させる神。

 残忍で非道な神は人々の心に根を張って己の欲望を煽るのだ。


 私は黒山羊様から人を殺せと言われたらそれを受け入れるのだろうか。

 いいや、慈悲深い黒山羊様がそんな事を望むとは思わない。

 だけれどもし黒山羊様本人が人を殺したとしたら、私は色々と理由をつけて納得してしまうのだろう。

 殺された人に原因があるとか、死がもたらされたことを上手く誤魔化して都合のいい理由を探すのだ。

 そうして目を閉じて見ないふりをしてしまうだろう。


 私は自分が愚かである事をもう知っている。

 愚か故、神を求めるのだ。

 愚かで弱いからこそ、殺人を痛ましいと思えても私自身がその犯人を断罪する勇気もないのだ。


 学者はひとしきり持論を話し終えると、すぐさま王国見聞隊の資料室を漁ってみると言って出ていってしまった。

 その素早さにアリッサと2人、ぽかんとしてしまう。

「ギル先生は自分で『悪徳の神を詳しく知ろうとすると目を付けられる』と言っていたのに、今まさにそういう行動をしてますよね」

 呆れたようにアリッサは言った。

「私も悪いのよ。神話生物に詳しいからとギル様に頼ってしまったし」

「そもそもこの話がシャルロッテ様の耳に入ったのは、私のせいでしょ?私がしばらくギル先生の周りを見ててもいい?」

 彼女が付いていてくれるなら安心だ。

「ええ、あなたがついているなら心配ないわね」

 相手が人であれ神であれ用心するに越したことはない。





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