30話 西の令嬢です
私と同じ侯爵位の令嬢ハイデマリー。
レーヴライン侯爵は厳しい方だと聞くけれど、先ほどの振る舞いはとてもじゃないが傍若無人ではないだろうか。
あのような振る舞いをレーヴライン侯爵が許すとは思えない。
銀の髪で切れ長の目の美しい少女ではあるが、何故ガーデンパーティにそぐわない赤のドレスを着ているのだろう。
おかしなことばかりである。
高潔姫と呼ばれているからには、その名が示す通り清廉で端然たる令嬢であるはずだ。
ふと見ると、茶会開始前にフライングでチョコを口にした令嬢が、隣のテーブルで王子と去っていくハイデマリーを信じられないといった顔で見つめていた。
私の視線に気づくと、可愛らしい礼をとってくれたので自己紹介をする。
「初めまして。エーベルハルトのシャルロッテですわ。王宮のお菓子にすっかり魅せられてしまいましたの。そちらのテーブルに移ってお菓子の感想を伺ってもよろしいかしら?」
私の挨拶に椅子から立ち上がり礼をとってくれる。
優しい亜麻色の髪の少女だ。
「お初におめもじつかまつります。クルツ伯爵家の二女コリンナでございます。高名なシャルロッテ様と同席出来るなど、光栄でございます」
ささっとコリンナの侍女がテーブルを直すと私を上座に座らせてくれた。
「美味しいものばかりで、目移りしてしまいますね」
私が笑いかけると、コリンナはウットリとしている。
「シャルロッテ様が、こんなに近くに……。夢のようです」
「え? 大丈夫ですか? コリンナ様どうなさったのですか?」
それに返事をしたのは、コリンナの侍女であった。
「差し出がましいかと存じますが、私から説明させていただきます。コリンナ様は重度のシャルロッテ様のファンでございますので少々言動がおかしいかもしれませんが、お目こぼしいただけると幸いです。本日はシャルロッテ様とお菓子に釣られて参加されました」
「ひどい! グレーテ! 本人にばらすなんて反則よ!」
抗議するコリンナを見ると、何だかホッとした。
令嬢といえど普通の女の子だ。
身構えなくてもよさそうである。
「でも、お嬢様が茶会が始まる前にお菓子を口にされたのは、シャルロッテ様も見ていましたし」
「忘れて! 忘れて下さいな! 私そんなはしたない事していませんとも!」
してないと言いながら忘れろとは、かなり混乱している様だ。
「あなたがしていなかったら、私が先につまみ食いしていたわ、きっと」
私は悪戯気に笑ってみせた。
これはあながち嘘ではない。
それくらいおいしそうだったのだもの。
「シャルロッテ様、何とお優しい……」
コリンナとグレーテが、同時にそう言った。
中々楽しそうな2人である。
お友達になれるといいな。
詳しく聞く話でもなかったがコリンナは、やはり宮廷詩人の歌を聞いてから桜姫に憧れたのだそうだ。
あの詩人、無駄に才能があるのね。
詩人の歌というものは物語であり現実では無いから誇張されているので、真に受けないよう言い聞かせるがあまり効果は無さそうだ。
「先程は王太子殿下と楽しそうでしたのに残念でしたね。ハイデマリー様も人の食欲を悪し様に言うなんてひどいです」
一旦落ち着くとポツポツとコリンナは話し出した。
でも令嬢が食欲丸出しなのは、何か言われても仕方ないとは思う。
「本当は今日、ハイデマリー様からシャルロッテ様を紹介してもらう約束だったのです」
どうやらハイデマリーのレーヴライン領とコリンナのクルツ領は近いらしく、幼い頃から度々顔を合わせていたのだそうだ。
初対面の侯爵家の私と話す為には、それ相応の爵位の人間に紹介されなければならない。
昔から桜姫のファンであるコリンナを知っているので、ハイデマリーも随分前から同席する機会があればと、快く承諾していたそうである。
「それがつい先日から、すっかり人が変わってしまったようで……」
最初は王宮茶会を前に、緊張しているのかと思ったそうだ。
普段は凛として公正で礼儀正しいはずのハイデマリーが突然爵位を笠に他の令嬢を蔑む様になり、大声で人を罵るようになったのだそう。
「婚約者の座を射止める為に、必要以上にプレッシャーを感じておかしな事になっているのだと思います。本当はお優しい人なんです。あれではまるでアニカ・シュヴァルツの様だわ」
コリンナは、ふぅと溜め息をついてみせた。
善良そうなコリンナが言うのだから、本来ハイデマリーは優しい子なのだろう。
「アニカ・シュヴァルツ?」
初めて聞く名前だ。
復唱するとコリンナが説明してくれた。
アニカ・シュヴァルツは、やはりレーヴライン領に隣接する小さな男爵家の娘である。
6歳の頃に街中で魔法を放ち、類まれな才能として軍の魔法部門から迎えがきたそうだ。
軍籍に身を置くも子供なので領地で過ごしているが、社交シーズンになると国からの補助金で王都のパーティを巡っているらしい。
可愛らしい外見なのだが、地元では王妃には自分がなるのだと公言し傍若無人でトラブルを起こして回っているそうで、先程の物言いが彼女そっくりだったらしい。
こんな所で噂の賢者の情報が拾えるとは思ってもみなかった。
なるほど王国の西部の話なら、東部のこちらにはなかなか話は流れてこないはずである。
それにしても素行はよろしくないようだ。
「アニカとおっしゃる方も、突然そんな感じに?」
「いえ、彼女は知り合った頃からあんな感じでした。あなた達とは世界が違うのよっていうのが口癖で。実際、頭も良かったし彼女の才覚で男爵領は持ち直したのです。それで女王様のように振舞ってますね。賢者様の再来と呼ばれているし手が付けられないんです。王都ではそう言う噂は聞かないので大人しくしているのでしょうけど……」
地元では厭う者と、お零れを貰おうと取り入る者で二分化しているそうだ。
話を聞くに、アニカが元々そういう残念な資質の人間ならば今は問題ではない。
考えなければいけないのは、ハイデマリーだ。
私と同じ様に、あの怪異が起こったのではないのだろうか。
全てを踏みにじり虐げ、それを喜びとする種。
精神も幼くクロちゃんもいない状態では、アレに絡め取られるのはいとも容易い事ではないだろうか。
どうすればいいのだろう。時間が経つほど事態は悪くなるのは目に見えている。
この身で体験したからわかる。
あれは昏い触手を伸ばし、心を壊して塗り変えるのだ。
あの悪夢を私の両親に説明して信じて貰えたとして、レーヴライン侯爵に申し入れをしても不敬の一言で終わってしまうだろう。
対外的に何を言ってもダメだ。
本人が助けを求めるのを待つか、もっと直接的に私がクロちゃんの力であらがった様にどうにかしなければ。
そもそも、本人が助けを求めることが出来るのかも怪しい。
悪い力?悪い魔法?何かの呪い?
それに対抗するには神様の力が必要なのだろう。
そうすると、教会で悪魔祓いとかいう話になるのだろうか。
思考がイマイチ散らばってまとまらない。
どうかしようとしても私はただの子供だ。
教会にコネも何もない。
かといって、放っておくには後味が悪過ぎる話だ。
子供が苦しんでいるなら助けなければ。




