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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

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286話 大衆紙です

「シャルロッテ様は、あの洞窟を覚えていますか?」

 大衆紙の見出しを目で追っていたら突然そう言われる。

 アリッサの言葉に私は記憶を辿ろうとしたが、彼女の言う洞窟に当たるものはひとつしか思い浮かばなかった。

「シュピネ村の絹蜘蛛がいた洞窟?」

「ええ、それです」

 美しい金糸に彩られたあの場所が、どうかしたのだろうか。

 怪訝な顔をしてしまったのか、アリッサがふっと笑いかけた。

「なんでもない話なんですけど、たまに思うんです。あの洞窟の奥の奥にはアトラクナクアが住む奈落に続く亀裂があったのではないかって」


 奈落……。

 あの夢でみた大蜘蛛が延々と蜘蛛の巣をかけ続けていた深淵の谷を差しているのだろう。

 あれはきっと夢であって夢でないのだ。

 夢はいつも自身を曖昧にし、世界の一端をそれとなく伝えてくるのだ。

「あそこには魔獣が生きる為に必要な魔素が、瘴気が満ちていました。黒山羊様に私、言われたんです。不完全なままでも、あの洞窟なら生き永らえる事が出来るかもと。まあ、実際は黒山羊様の奇跡に、この身を差し出した訳ですが。おかしいと思いません? 人が住むような場所のそばに魔獣がいたなんて」

 アリッサが言うのはもっともだ。

 人里近くは魔素が薄く魔獣が生きる環境ではない。

 ほんのわずかな亀裂でもあの世界の果ての深淵の奈落に続いているのなら、大いなる蜘蛛(アトラクナクア)の匂いに惹かれて蜘蛛が集まることもあるだろう。

 その魔素に浸されて蜘蛛が魔獣に変わることもあれば、それを求めて魔獣である蜘蛛が住み着くことも、どちらでもありそうな話ではある。

 何らかの偶然であそこに魔素が溜まるなら、アリッサの話は納得いくものだ。

「ギル先生が私にしてくれた話なんだけど、神話のお話だとアトラクナクアが巣を掛ける奈落の谷のそばには、レンガ造りの遺跡があってそこに住んでいるそうですよ」

 そんな果てしない場所に何が住むというのだろう。

「誰がです?」

 アリッサが無遠慮に、私が持っていた大衆紙を指差した。

「悪徳の神が」



 私は目を何度かしばたたかせると、もう一度新聞を見た。

 噛みつき男があの洞窟から出てきたと言うわけではないだろうが、あの騒動に惹かれてこの地にやってきたとは考えられないことでもない。

 アトラクナクアと悪徳の神はご近所さんだということか。

「まあ、おとぎ話だそうですけどね。まだ犯人がそうとは決まったわけじゃないんだし」

 そう言って彼女は肩を竦めた。

「そうよね。考えすぎてはいけないわ」

 私もその考えを振り切るように、頭をぶんぶんと振った。

 何だってそんな突飛な考え。

 何でも神話生物と結びつけてしまうのは、私の悪い癖だ。

 手にした大衆紙の表面を何ともなしに撫でる。


 ざらついている質の良いとは言えない紙。

 指先には印刷のインクがつく。

 事実を曲げた想像で描かれた大袈裟で目を引く趣味の悪いイラストに紙面の大部分を割いている。

 数枚しかない紙面というのに「噛みつき男」は余程人の関心を掴んでいるのか1面を全部占めていた。

 人を煽る見出しと比較的簡単な単語で、誰にでもわかるように作られた読み物。

 めくると次には社交界の醜聞や、幽霊話等眉唾物ばかりで埋め尽くされている。

 まるで遊園地のお化け屋敷の様である。

 その出し物のひとつにミニ丈のドレスの少女がか弱そうな少女を虐めているイラスト「賢者の嫉妬」なるものを見つけたが、見ないふりをしておいた。

 魔術儀礼の一幕が新聞を騒がせていたとは聞いたことはあるが、紆余曲折を経て私が虐めに耐える少女の様に描かれている。

 実際には賢者の方が気の毒な結果になったというのに。

 これは街角で銅貨1枚で手に入る娯楽なのだ。

 そこに正確さを求めるのは、無粋なのかもしれない。



 普段私が触れてきた新聞は、毎朝使用人がアイロンを当てて紙を美しくパリッとさせて手にインクがつかないように配慮されたもの。

 政治や経済、社交界の動向等詳しく詩的表現も交えた記事で書かれており、目の前の紙面とは全く違うのだ。

 日々、手にする新聞まで身分で違う世界。

 識字率が低い民衆に、貴族相手の新聞を見せてもまったく興味をひかないだろう。

 棲み分けは悪い事ではないが、同じ国に住みながら余りにも享受出来るものが違いすぎて目眩がする程だ。

 識字率は国力としても大事なものだが、何より人生にもたらすものが違うだろう。

 本を開きその知識に触れたり、想像で描かれた世界へ身を委ねたり。

 文字はそんな風に自分を知らない場所へ連れていってくれる案内人だ。

 だからこそ少ない文字と大量のイラストで埋められた「聖女の旅案内『ウェルナー男爵領編』」なる物が飛ぶように売れたのである。

 クルツ領での文官学校の設立が上手く行けば、教師になろうという者も増えて識字率も上がるかもしれない。

 富裕層へ雇われたがる者も多いだろうが、故郷の発展に寄与したいという人もいるだろう。

 いっそ教育者を育てるプログラムのコースを用意してもいいのではないか。

 それと案内本の様な誰でも手にとれる安価な本も必要だ。

 そうやって文字に親しむ事を日常にするのだ。

 幸いこの世界には活版印刷が既に生まれている。

 全て手で書き写す、「写本」でなくていいのは良い環境だ。

 気が付くと私は思いついたアイデアを書面に書き散らしていた。

 アリッサはというと、そんな私の邪魔にならないようにクロちゃんとビーちゃんとかたまって声を出さずに何か会話でもしているように、お互いがうんうんと頷き合っている。

 まるで自分が人間ではないかというように、蜘蛛としてそこにいるように。





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