277話 おやつです
「きゃ!」
突然のそれに私とハイデマリーは声を上げた。
特に私ときたら、今日2人に噂の殺人事件の話をするつもりだったので、その大きな体に飛び上がる程驚いてしまう。
火の華の魔法の様に、私の想像からその影が生まれたのかと、一瞬思ってしまったのだ。
「これは驚かせてすみませんですね」
のっそりと、そこにいたのは山高帽子を被った紳士であった。
「チェルノフ卿!」
「またお会いしましたですね。こちらがシャルロッテ様のお茶会で間違えなし?」
「ええ、ええ、そうですわ。チェルノフ卿は一体どうし……」
突然の珍客に驚いていると、チェルノフ卿の背中からぴょこんとコリンナが顔を出した。
「コリンナ!!」
「遅れてすみませんシャルロッテ様~」
なんとコリンナは、チェルノフ卿におんぶされているのだ。
「いっ……、一体、何がどうして……」
そもそも淑女が親族でない男性におんぶされてもいいの?
いや、まだお披露目会に出ていないので淑女ではないか。
いやいや、百歩譲って子供だからありだとしても、王宮でおんぶされるのはどうなの?
「チェルノフ卿とおっしゃるのですね。私はハイデマリー・レーヴライン。私のお友達がお手数をお掛けしましたわ。感謝致します」
混乱する私をよそにハイデマリーが挨拶をしている。
さっきまでガルシアに、振り回されていたとは思えない落ち着きだ。
「レーヴライン侯爵家のお嬢様ですね。お目にかかれて光栄ですよ」
彼は挨拶をしながらコリンナを背中から下ろすためにゆっくりとしゃがんだ。
「チェルノフ様、ありがとうございます!」
コリンナが満面の笑みでお礼をいっている。
とりあえず兄の提案で、皆で着席しようという事になった。
「ここに来る途中、美味しそうな匂いがしたんです」
コリンナの説明はこうだった。
お茶会の場所へ使用人に案内されていたところ、いい匂いがした。
覗いてみるとそこには山のような男がいて、驚いた拍子に転んでしまい彼女は足を挫いてしまったそうだ。
使用人が応急処置をしたものの、すぐに歩くのは良くはない。
驚かせた謝罪にと、チェルノフ卿がここまで連れてきてくれたのだそうだ。
そもそも悪いのは、匂いに釣られたコリンナのような気がするのだけど?
「無理をして、可憐な少女の足首の形が変わるような事があってはいけませんですからね。私の背中くらいなら、いつでも貸せますですよ」
チェルノフ卿は朗らかに笑ってみせる。
「そうそう! その匂いというのはチェルノフ卿の故郷のお菓子だったんです!」
コリンナの言葉にチェルノフ卿が使用人に頷いてみせると、ガーデンテーブルの上に可愛い動物の形の焼き菓子や、餃子の包みのようなパンが並べられた。
どれもいい香りがする。
「動物の型のものはプリャニクですね。蜂蜜とスパイスを練り込んで中にジャムが入っていますよ。ええと、ジンジャーブレッドに近いでしょうか?こちらはピラシキーですね。同じくジャムを入れたり他にも魚や肉を入れたりもしますよ? 今日はひき肉を入れてあります」
チェルノフ卿は、どうやら遅い昼食を庭でとろうとしていたらしい。
そこにコリンナがお邪魔したという訳だ。
「この通り沢山ありますからね。皆さんも私の故郷の味を是非食べて見てくださいです」
「異国の食べ物なんて嬉しいです!」
コリンナは珍しい食べ物に夢中だ。
私も気を取り直して質問する。
「この可愛らしい形はどうやって作っていますの?」
「これは木の型があるのですよ。職人が丹精込めて彫った木型に、生地をぎゅうぎゅうと詰め込めばあっという間に愛らしいプリャニクの出来上がりということです」
手で成形したにしては美しすぎると思ったらそういう訳だったのか。
「ピラシキーは元々ピロギという料理で、大きなオーブンの天板いっぱいに生地を伸ばして具を挟むものだったのです。手軽に食べられるようにこの形になってピラシキーと名前が変わりましたです。お茶会に甘い物が並ぶので、塩っぽいピラシキーがあると交互に食べて止まりませんね」
なんというか、チェルノフ卿が食いしん坊代表の様なことをいう。
確かに甘い、辛い、甘い、辛いと食べたら、味に飽きが来なくて永遠に食べてしまいそうだ。
レモンパイも楽しみであるが、まずはノートメアシュトラーセの味をご賞味といこう。
3人でのお茶会が、図らずも人もお菓子も賑わうお茶会になるなんて思ってもみなかった。
プリャニクはずっしりと重く、ホロホロと崩れる食感で素朴な味わいの中にもスパイスとジャムのハーモニーが美味しくお茶が進む味である。
一方ピラシキーは、中の味付けされたひき肉が食欲を誘ってお腹いっぱいになるまで頬張りたい欲求と戦うことに。
珍しい食べ物に舌鼓を打ちながら、チェルノフ卿の語る異国の風景や文化はとても楽しいお茶会のアクセントとなった。
なんと湯沸かし器に引っ掛けて温めながら食べる輪っか状のお菓子もあるそうで、サモワールサロンのサービスに付けることまで提案されてしまったのだ。
これはもっとサモワールが流行ってしまいそうだ。
そんな話に夢中になっていると、コリンナが切り出した。
「そうそう、招待状にはお話があるという事でしたが、なんでしたか?」
こんな和気あいあいとした雰囲気を壊すのが忍びなかったが、後に回して万一があってはいけない。
私は重くなりすぎないよう、気を付けながら話し出した。




