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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

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276話 パイです

 今日のお茶会は、王宮の中庭の一角を借りての開催だ。

 お茶会と言っても大仰なものではなく出席するのはハイデマリーとコリンナなので、友達とのおしゃべり会みたいなものだ。

 それでも貴族のやり取りとして、招待状を送るところから用意するので気が抜けない。

 ただでさえ私は引きこもりが長かったので他の令嬢と比べて経験値が足りないのをこうして補っていかないと。

 そうは言っても近くによったからとか、顔を見たくなったからと告知無しの気軽な来訪もないことでは無いのだ。

 格式うんぬんはともかく、結局は前もって連絡する方が招く方もお客も準備するのが楽であるという話なのかもしれない。


 王宮にはいくつもの大きな建物と、いろいろな庭が存在する。

 旧王宮には古典的庭園と呼ばれる整然と木々を幾何学的に配置した伝統的な庭が多く、新王宮には自然美を生かした風景式庭園や各国の文化を取り入れた庭園が回廊によって仕切られて場所ごとに趣が違い、人の目を楽しませてくれている。

 開放的な造りのものから、木に囲まれて密会に相応しい人目に付きにくい庭まで趣向を凝らして作られているのだ。

 今日、私が用意して貰ったのは新王宮の中庭にある異国風の切り取られたような小空間だ。

 庭といっても白と青のタイルで床も壁も覆われているので、野性味溢れるガーデンパーティというよりは、室内のお茶会に近い。

 その空間は美しく、煌めくタイルで飾られた宝石箱の中にいるような気になってくる。

 そこかしこには同じくタイル貼りの鉢に入った鮮やかな植物が配置されて、緑も十分に置かれている。

 噴水や壁泉が水音を立てながら、太陽にキラキラと反射して目にとても美しい庭なのだ。

「こんなお庭があるなんて初めて知りましたわ」

 ハイデマリーがその鮮やかさに感動している。

「とても綺麗でしょ?」

 私自身、この場所を知ったのは最近だ。

 ポルボロンの話をした時に、王子に教えてもらった商業国家風の庭なのである。

 もし王宮がテーマパークなら庭の探索ツアーが確実に開催されると言える程多種に及んでいて、かく言う私もその魅力に取り憑かれたひとりである。

 時には王子と一緒に、ある日は仔山羊達とひとつずつ王宮を彩る庭を訪ね散策するのが、こちらに滞在中の趣味のひとつに加わった。


 ガーデンテーブルと揃いの椅子は鉄製で表面にはタイルが貼られてモザイク模様が描かれている。

 触れると木のテーブルとは違い、ヒヤリと冷たさが伝わってくる。

 厚い石壁に切り取られたこの空間は涼し気で、夏のお茶会にはぴったりの場所ではないか。

 商業国家風の庭というのだから、あちらはきっと気温が高く陽射しが厳しいのだと想像した。

 鮮やかな庭にひんやりとしたテーブルセットも手伝ってハイデマリーも落ち着いたようだが、相変わらず隣には兄がいる。

「そういえば、兄様はどうしていらっしゃったの?」

「その言い草は酷くないかい? シャルロッテ。君達がお茶会をすると聞いたから差し入れに来たというのに」

 そう言うと、侍従のデニスに持たせていた箱を受け取り蓋をはずす。

 そこには絞り口金が滑らかな模様を描き、それを焦がす事で茶色い曲線が浮かび上がった美しい白いパイが鎮座している。

「パイね!」

 私は思わず声を上げた。


 前世からパイは好きだったけれど、この国の小麦やバターの質が良いのかそれを材料にした菓子はどれも絶品なのだ。

 現代日本は豊かであったけれども、この世界にはそれ以上のものも存在する。

 焼き菓子もそのひとつだ。

 ただでさえおいしい食べ物なのに、良質な材料を使っているのだから当然ではある。

 サクサクで幾層にもなったパイ生地の食感が嫌いな人がいるものですか。

「この夏、王都で流行ったレモンパイだよ。暑気あたりの病人もこれを食べるとみるみる元気になって踊り出すとか言われている品だ」

 その評判を聞いたことがある。

 過剰広告ではあるが、わからない話ではない。

 私だって暑さに負けて食欲が無くなったとしても、酸味のあるレモンパイを差し出されたらきっと食べてしまうもの。

 美味しいものを食べれば気分も良くなるし、カロリーを取れば体力も若干戻る訳だから広告に偽り無しである。

 是非、食べて見たかった1品なので私の気分は高揚した。

「兄様、最高ですわ!」

「お茶会への同席は許可されたと考えていいかな?」

 断る理由は無いし、既に知っているかもしれないが巷を賑わす噂については、兄の耳に入れた方が話いいだろう。

 決してパイの誘惑に負けた訳では無い!

 兄の恋の応援にもなる訳だし、お茶会への参加を快諾する事とした。


「そういえばコリンナは遅いのね」

 パイを何cm切って貰うか思案する私をよそに、ハイデマリーが心配気な声をあげた。

 そういえば、私達が着席してから暫く経つがどうした事だろう?

 大聖堂の鐘の音が時刻を知らせてくれるので、王宮内で時間がわからなくなることはないだろうに。

 いつもは、特にお茶菓子がある時は、早めに到着する子がなにかあったのかしら?

「庭が多いので迷子になってるのかしら?」

 王宮の中庭は客人をもてなしたり、王宮勤めの人間には仕事の打ち合わせをしたり、合間の休憩をとる場所でもある。

 王子が主催した規模のお茶会は稀であるが、私達のような小さなお茶会は毎日誰かが行っているのだ。

 不慣れな使用人に当たれば招待状があったとしても、これだけ広い場所に多く点在する庭を間違えて訪ねてしまう事も無くはないだろう。

 コリンナが来るまではとお菓子には手をつけていないが、これではいつまで経ってもレモンパイにありつけない。

 レモンカードを覆う焦げたメレンゲが私を誘惑しているというのに!

 まさか、あの事件の件で何かあったわけではあるまい。

 下町通いはさすがにコリンナもしてはいないはずだ。

 それは取り越し苦労というものか。

 何事もなければいいのだけれど……。

 それにしても、愉しいお茶会だというのに話題があの事件というのは少々無粋だったかしら?


「ここでよろしいと思うです?」

 取り留めなく考えを巡らせているところへ中庭を囲む壁の影から、ぬっと大男が現れた。



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