27話 鳥男です
大きな羽飾りの帽子にマント。
襟元にも羽根が縁取られている。
嫌がおうにも目立つ出で立ち。
少し垂れ目で甘いマスクの派手な男性が、手にした撥弦楽器を握り締めながら感無量という表情でこちらを見て震えているのだ。
普通にしていればさぞかしモテそうな感じなのだが、衣装のコミカルさが彼を滑稽に見せている。
一体何事だろうと周りを見回して状況を判断しようとしたら、困り顔になった母と目があった。
「シャルロッテ、彼に声を掛けてあげなさい」
諦めを含んだ声でそう促してきた。
本当に何なのだろうか?
あちらから声を掛けれないと言うことは、侯爵位より低いということである。
いつ声が掛けられるのかと、期待に満ちた眼差しだ。
さて、何と言えば良いのか。
暫し思案してから、当たり障りのない天気の話でいいかと判断して話しかける。
「本日は良い天気ですわね。エーベルハルトのシャルロッテと申します。この晴天に羽ばたいていきそうな鳥の貴人様はどちら様かしら?」
羽飾りつけすぎなので鳥に例えてみたが、少し夢見がちな言い回しかもしれないと心配したがそんな事はないようであった。
「これは夢ではないだろうか。かの桜姫が私に話しかけてくれるとは。可憐なさえずりが私の耳翼をくすぐり、この心を蠱惑するのだ」
え?一体なんの事なの?言ってることがまったくわからない。
そもそも話し掛けて下さいとばかりにスタンバっていたではないか。
「私に誰かと訊ねるならば、貴女はもう答えを知っているはず。私は貴女の小夜啼鳥、ナハディガルでございます」
そう言うと帽子を取り深々と頭をさげ一礼する。舞台で役者が最後に挨拶するように。
その後にあろう事か片膝をついて私を見上げている。
記憶を巡らすと私の中であー!っと声があがる。
派手な格好が印象的すぎて、顔の記憶が無いがその言い回しと名前は知ってる。
私の過ぎた評判の元凶だ。
会いたくなかったが、そうも言ってられない。
相手は宮廷詩人。
身分に囚われず王侯貴族に音楽や話題を提供し、時に相談役にもなる、ある意味大物なのである。
侯爵家の保身の為に、無視したりぞんざいに扱うことは出来ない。
「お久しぶりです、ナハディガル様。鳥の王様かと見間違えましたわ。息災で何よりです」
ちゃんと覚えてましたとアピールをする。
相手を知らなくても知ってるふりをするのが貴族だ。
反対に知っているのに知らないふりをする事も大事な事だ。
はあ、貴族って面倒くさい。
「貴女から鳥の冠を下賜いただけるなら、喜んで即位しましょうぞ。エーベルハルト侯爵に貴女との謁見は王宮に上がってからと言われてから、どれだけの月日が過ぎた事でしょう。どこかの教会に礼拝すると聞けば馳せ参じ、貴女が出席しそうな茶会があれば駆けつけて、せめてその姿だけでもこの目に焼き付けようと東奔西走の日々でした」
ああ、なるほど私を茶会に出さなかった理由のひとつがこれだったのだ……。
ただの親バカだけではなかったのか。
心の中で父に謝罪する。
こんな濃い人の相手、子供では手に余る。
「それが何ということでしょう。嗚呼、今まさに私の目の前に幻の姫が降りたったのだ。そしてその瞳に私を映し、その唇は私に語りかけているのである」
右手を天に差し上げ震えている。
この芝居がかった空間をどうすれば良いのだろう。
ロリコンなのかしらこの人?中身まで幼女じゃなくて申し訳ない気持ちになった。
困惑して周りを見ると、母と私以外の物見高い貴族の夫人や令嬢や召使いは、何と彼の言葉と仕草に酔いしれているのだ。
ソフィアでさえも!
観劇のひとつみたいなものなのだろうか?
早くこの場から離れなくては。
「ナハディガル様。その様に地に膝をつけてはせっかくの装いが台無しですわ。鳥は大空を翔けるものですもの」
恥ずかしいから早く立ち上がってと、遠回しに伝えてみる。
「何と慈悲深く優しいお言葉なのだ。そう私は貴女の為になら、千里をもかける鳥にもなろうぞ」
楽器も弾き出して、自分でBGMまでつけている。
聞いちゃいないなこの人。
何でも芝居仕立てにしてしまう。
「初めての王宮であなたに再逢出来て嬉しかったですわ。茶会を控えておりますのでこの辺で失礼致します」
切り上げようと締めの言葉を告げると、今度はナハディガルは地に臥してしまった。
私にどうしろというの……。
「何とつれない言葉をおっしゃるのだ。嗚呼、この逢瀬が夢でなかった証がなければ、私のこの先は冥府の門を叩くのであろう。貴女の欠片をこの手にすることは叶わぬのだろうか」
悶えながらチラッとこちらを見てくる。
これはあれよね?何か記念品が欲しいと言っているのかしら?
私が知らないだけで、宮廷詩人には大袈裟に演じた対価を渡す習慣とかあるのかもしれない。
お金では下品だし宝石だとあげすぎな気がする。
ソフィアに声を掛けて、私のハンカチを鞄から出してもらった。
これなら絹だし売れば幾ばくかの値もつくだろう。
私は子供なのだからこれくらいが相応な気がした。
そっとハンカチを差し出すと、彼は帽子を床に置き恭しく両手で受け取った。
「このナハディガル、宮廷詩人なれど桜姫の騎士ともなりましょうぞ」
何か突然凛々しく言い出したのだけど、どうしたのだろう。
母があちゃーっとした表情をしたが、扇でサッと顔を隠してしまった。
これは何かまずかったのかも?とりあえずここを去らないと。
「期待していますわ」
ニッコリと優雅にそう言って、母達に向き直る。
控えていた近衛兵が王宮内へ私達を案内してくれたのだが、振り返るとナハディガルはその場で思い詰めた顔でハンカチを捧げ持ったまま動こうとしなかった。
「こちらの部屋をお使い下さい。四半刻ほどで茶会が始まりますので、それまではおくつろぎを」
近衛兵が扉を閉めると同時に、母が笑い出した。
「シャルロッテやるわね! ナハディガルにハンカチとは」
「母様どういう事ですか?」
「ハンカチを恋人に渡すのは離れていても側にいますと言うことなのだけど、崇拝者に渡すのは自分の騎士に任命する様なものね。剣を返上したナハディガルにハンカチとは酷というかなんというか」
面白そうに笑っている。
「ええ! では何を渡せば良かったのですか!」
「そのドレスの桜の花とかリボンとかかしらね。母様も悪かったわ。事前にナハディガルがいてもおかしくなかったのに、あなたに言ってなかったものね」
そういえばドレスに付いているシフォンで作られた桜の花のモチーフの予備を、ソフィアがアデリナから受け取っていた。
ドレスの花々が万一外れたり、穴が空いた時の補修用の為のものだと思っていたが、そんな用途もあったのか。
リボンも幾つか持ち合わせがあるのだから、気軽にそれで良かったのだ。
まったく思いつかなかった。
値打ちがある程度あってもらっても困らないものとつい考えてしまった。
後から聞いたが宮廷詩人には国から給料が十分に出されているので、歌が気に入ってのご祝儀はともかく、それ以外で金品のやり取りはしなくて良いそうだ。
だからこそ彼らは中立で物事を見て貴族に意見が言えるのだと。
変に気を回して失敗してしまった。




