259話 紹介です
「魔術儀礼が無事に終わって良かった。私からもお祝いを」
そう言って私の所に王子がにこやかにやってきた。
周りの令嬢達は一瞬子供らしくはしゃいだが、すぐに思い直して一歩下がってきちんと礼をとっている。
各々、家でしっかりと躾られているのだろう。
それでも気が緩んでいるのかヒソヒソ声で「王子様と騎士様が並ぶなんて」とか「お二人の間に挟まりたいですわ」という夢見がちな言葉が漏れ聞こえてきたのに私は苦笑をもらした。
「フリードリヒ殿下も、ご参列ありがとうございました。皆様王族の方に見守られての魔術儀礼、記念すべきものになりましたわ」
私は丁寧に他人行儀な礼を言い、お辞儀をする。
公式の場でのやり取りなので、婚約者同士と言えどあまりくだけた対応は好ましくないのだ。
この後、王子は全員に声をかけて回る予定だと言うが、ご苦労な事である。
王子もなかなか大変な仕事だ。
「今日のシャルロッテは、雰囲気も違うね。そういう姿もよく似合う」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
表面的な挨拶をした後、王子が顔を寄せて耳元で声をひそめる。
「ナハディガルはこの場に来ないよう強く言い聞かせてあるから、大丈夫だよ」
そんな私達の様子を見てまた、令嬢達から声が上がる。
内容は色気の無い詩人の事なのだが、親密に見えているのだろうか。
ナハディガルは公式の場で同席すると、私贔屓が過ぎるのだ。
どんな仕事もそつなくこなす詩人の唯一の汚点が私であるといってよい。
今日の様に、参加者全員が主役のような場ではひとりを持ち上げるのは相応しくないので、ナハディガルは出席しないように王宮で手配しているという訳だ。
「どうりで静かだと思いましたわ。ありがとうございます」
「君の周りを見ていると、なかなか騒がしそうに見えるけどね? 令嬢達は私よりも君に夢中なようだ。立派な騎士ぶりには驚いたよ」
「ふふ、物珍しさが受けたようですわ。急ごしらえの騎士服に刃を潰したなまくらの剣で良ければ、フリードリヒ殿下の護衛騎士になりましょうか?」
「僕には破天荒な聖女様で手一杯だから、出で立ちは魅力的だけれど騎士様にはご退場願いたいかな」
そんなやり取りをして、クスクスと2人で笑い合った。
場を乱す賢者も詩人もここにはいない。
和やかに魔術儀礼の祝会は過ぎていった。
私との雑談を終えると、挨拶を交わし王子は他の出席者を労う為に移動する。
その様も中々堂に入って様になっている。
秋になれば王子も王都学院へ入学するのだ。
初めてのお茶会に不貞腐れていた王子を思い返すと、本当に子供の成長の早さに驚かされる。
背も伸びて顔つきも大人びたようだ。
それに引き換え私はどうだろう。
中身も外見もさほど成長していないように思える……。
女の子は小さくてもいいんだよと父や兄は言うけれど、最近では小さくてリスのようだと思っていたコリンナにも背を抜かれそうなのだ。
まあ中身は大人を経験しているのだから、周りの子供ほどの伸びしろはないのは仕方ないが、外見はもっと背が伸びて母のように胸が大きくなっても良いのでは?
こうやって大人びた化粧をすれば歳よりも上に装うことは出来るけれど、素顔はいまだ幼いままだ。
成長に個人差があるのはわかっているけれど、周りの子供達に置いていかれるようで若干焦りが湧いてくる。
子供なんて気づいたら思わぬほど成長しているものだとは知ってはいても、本人としては焦るものなのだ。
成長しないといえば、クロちゃんとビーちゃんもだ。
小鳥は見分けにくいからともかく、クロちゃんはあれから少しも大きくならずサイズも変わらず愛くるしい仔山羊のままである。
まあ、本来の姿ではないからそこはそういうものかと思っているし、みんなも特別な黒山羊様の御使いの山羊だからそんなものかと納得しているようだ。
私はといえば少しずつは背が伸びているので歳をとっていない訳ではないはずだけれど、成長が遅い事が若干の不安を呼ぶのだ。
「シャルロッテ様、少しいいですか?」
考えに耽っているところにコリンナが声をかけた。
見ると後ろに巻き毛の少年を連れている。
その装束はふんだんにフリルが使われ、腰部分にはふんわりとボリュームを出していた。
特に注目するのは白黒の幅広横ストライプのタイツで、可愛らしいのだが人の目を特に惹き、それがわかっているからか落ち着かなそうな所在なげな様子だ。
どうみてもアニカ・シュヴァルツの取り巻きの1人である。
「ご紹介いたします。こちらはライン男爵令息ディック。私の幼なじみの1人です」
彼女の表情には申し訳なさが漂っており、本人にとってこの遣り取りに乗り気ではない事を私に教えていた。
「紹介ありがとうございます。同い年なのですから今後も茶会や学院でご一緒する事もありますわね。よろしくお願いします」
私の挨拶が終わると、ディックはようやく口をあけた。
「とっ突然すみません。あの、シャルロッテ様に先程の非礼をお詫びに……」
その言葉に驚かされた。
元々、取り巻きにまで気を割いてはいなかったし、謝罪がもらえる等と露ほどにも思っていなかったのだもの。




