258話 取り巻きです
私を囲む少女達に微笑みながら、ぐるりと会場内を見回してみた。
それぞれが顔見知りの近隣領地の者同士や、取引の関係ですでに知己である者同士で小さなグループを作っていた。
まだ子供なのだから積極的に知らない子に話掛けて社交に勤しむとはいかないようだ。
そんな中で、ひときわ目立つ子供達がいた。
この時代にはそぐわない衣装。
結局アニカ・シュヴァルツは祝会には来ないようで、彼らは肩身が狭そうにゴスロリに身を包んで隅の方で固まっているのが見てとれた。
奇抜なファッションというのは堂々としてこそ映えるというのに、アニカという神輿が無ければ彼らもただの子供なのだ。
子供心ながらにそのファッションの特異さを理解しているらしく、一様にモジモジとしている。
可哀想に、ここが現代日本のような場所であれば可愛いと持て囃され臆するとこなく胸を張って自慢出来るものなのに。
もう少し丈を長くするとかレースとフリルを控えてシックにするとかすれば、ここでも十分受け入れられるデザインなので勿体ない。
こんな様子なら、いっそアニカと一緒に欠席した方が良かったのではないだろうか?
それとも服の宣伝だけでもしてこいとでも、彼女に言い含められているのだろうか?
「あの子達は、親の関係で仕方ないんです」
私の視線で、アニカの取り巻きを気にしている事に気付いたコリンナがそう教えてくれた。
この子は本当に人をよく見ている。
「賢者と繋がればいい思いが出来ると思い込んだ親達が、子供を道具にしてるんです。あの子達の我慢に見合う利があるなんて私には思えませんけど」
口を尖らせてコリンナが珍しく怒っているように見えた。
親の意向で振り回される子供はどの時代にもいるし、貴族社会なら尚更、珍しいものでも無い。
気の毒だとは思うが仕方のないことだ。
だが、コリンナの様に他の子の立場を思って怒る事が出来るのは、なかなかできる事ではない。
感心して彼女の頭を撫でようとしたけれど、せっかく綺麗にセットした髪が乱れてしまうので軽くぽんぽんとしておいた。
それを見た周りの令嬢達がきゃーっ!と声を上げる。
コリンナも顔を赤くする。
しまった今は男装していたのだ。
少女達に愛想を振り撒きながら、私はコリンナの言葉を反芻した。
賢者が西の土地で勢力を伸ばしているということは、取り巻きの子達もその土地の子息であろう。
同じ地方の子供達なのだから、コリンナは幼少の頃から見知っているのか。
私と違い社交的な彼女の事だ、一緒に遊んだりしたのだろう。
そんな子供達が親の都合でアニカに与するのを見てきたとしたら、それは辛い事だろう。
今回の事をみても、取り巻きでいることが楽しそうには見えないのだ。
考えてみればアニカがいない時はあの子達は私には寄ってこないし、アニカの後ろにいる時も特に何か悪態をつくわけでもない。
どちらかと言うと大人しくて、悪い言い方をすれば気の弱い子供を特に選んでいるのかもしれない。
あの子達はアニカにとって、周りに自分を大きく見せる為の小道具みたいなものなのだろう。
道具といえばそうだ。
私への嫌がらせの道具にされた人物を思い出す。
「そういえば、私にぶつかったシュヴァルツ男爵家の使用人は大丈夫かしら?」
装束をどうにかするのに気を取られ、すっかり忘れていたのだ。
「それなんですが、何でもシュヴァルツ男爵家があの子の事をクビにしたんです。大聖堂の前でお前が聖女様に不敬を働いたせいで大変な事になったと酷く罵って、どこへなりとも好きに行けと解雇したそうです」
なるほど、そうすることで王宮や侯爵家から謝罪以上を求められたら、責任を取らせて既に解雇したとでも言って逃げるつもりだろう。
だが、大聖堂の前で解雇とは正気とは思えない。
周りへのパフォーマンスとしては良い場所かもしれないけれど、大聖堂は王宮の一部に属しているのだ。
門で入場時にいた使用人がひとり減っている事をどう説明したのだろう。
王宮に使用人を捨てるなんて聞いたこともない。
或いはそんな事は日常茶飯事で、賢者の名前でどうとでもなるというのだろうか。
怯えて震える小間使いの少女が目に浮かぶ。
「それにしても詳しいのね。いつの間にその話を仕入れたの?」
そう問うとコリンナは少し困った様に眉を下げた。
「話の方からうちに来たんですよ。大聖堂の前でそんな事をしたので相当目立っていたそうです。泣きじゃくるその小間使いを教会の堂役が保護して、シュヴァルツ男爵領に近い土地であるうちで雇って貰えないかって。教会の伝手で王都や別の土地で仕事をさせても生家と離れすぎていては気の毒だからっていってました。話を断って変な人に騙されて売られたりしても後味が悪いということで、お父様がうちで引き取る事にしたんです」
私の周りの令嬢達が、コリンナの話を聞いてシュヴァルツ男爵家の横暴に眉をひそめてお気の毒にと同情している。
コリンナはこの場で話を出す事で、あの小間使いを被害者として世論的に擁護したのだ。
あまり世間を知らない令嬢達はとてもお優しい。
彼女達はこの話を各家に持ち帰り、心情たっぷりに家族に話すことだろう。
そしてそれを聞いた家族達はお茶会や夜会で世間話のひとつとしてこの話を広めるのだ。
「レーヴライン侯爵家には悪いけど、あの子を手放しては駄目よ」
いつか母が私にコリンナの事を、そう言ったことがある。
コリンナの明るく無邪気な所を気に入ったのかと思ったけれど、彼女のこういう所を見越していたのだろうか。
そもそも領地的にはレーヴライン侯爵家の近くなのだし、ハイデマリーの友人でもあるので、エーベルハルト侯爵家で彼女を引き抜く事はまったく考えていなかった。
あくまで友達同士として仲良くしていたし、私付きの文官の話も口約束であったが、母は私の側近としてコリンナの人となりを測り真剣に考えていたのだろう。




