244話 出会い頭です
庭園の散策を終えて、公務のある王子と分かれて私は貴賓室へと向かう。
行きは「いつもの庭園デートですね」と、ソフィアははしゃいでいたが、内容はなんというか色気のない話ばかりしていたような気がする。
まあ10歳と12歳で、色気もなにもないだろうが。
結局現在の王国の状態やらなんやらと政治的な話が続いて、子供らしい話は「Y」についてくらいだった。
それも子供らしい怪談話という訳ではなかったので、子供らしくある為に、私達はもう少し会話を考える必要があるかもしれない。
王宮内ではクロちゃんとビーちゃんは周知されているので、大体一緒に移動しているし不自由することはない。
前のようにこんなところに山羊が?と眉を顰められる事もすっかりなくなった。
最初は、クロちゃんを布に包んで運んでいたのが嘘のようだ。
庭園でも東屋で座る私達を余所に、自由に花の匂いを嗅いだり飛び回って楽しんでいたしのびのびしていいことである。
廊下の移動も、大人しく私の足元にいるので聞き分けが良くて何よりである。
ビーちゃんを肩に乗せて、クロちゃんに視線をやりながら角を曲がった途端、私は何か大きな弾力のあるものに包まれた。
「ふぁ!!!」
ふよん
何と言うべきだろうか?
人肌に温めた柔らかめのウォーターベッドのような、ジェルの入った袋のような……。
突然の事で理解出来ないが、気持ちが良いので私は体を預けたままふよんふよんと揺れるそれを堪能する。
「おっ……、お嬢様! シャルロッテ様!」
ソフィアの焦る声に我に返り、状況を判断する。
どうやら私は大きな人とぶつかって、そのままそのお腹に抱きついてその脂肪を楽しんでいるようだ。
包まれたと思ったのは、お腹にぶつかった反動で私をふっ飛ばさないように相手が両の腕で私を抑えてくれたせい。
「!!! こ……、これは失礼いたしました」
私はびっくりしてともかく離れようとしたが、その腕が離してくれなかった。
もふもふ天国はクロちゃんとビーちゃんで知っているけれど、大柄な人のぷよぷよもいいものだと思ってしまう。
「お怪我はありませんですか? お嬢さん」
不思議な訛りの深みのある声が、頭上から降ってくる。
顔を上げると2mはあろうかという巨漢の紳士であった。
トビアスもふっくらぷにぷにだったが、比べようもない程の大きさだ。
「はい、支えていただいたお陰で大丈夫です。すみません、前をよく見ていなくてぶつかってしまって」
「角を曲がったら小さなお姫様に抱きつかれて、夢かと思いましたですね」
彼はのんびりした口調で笑っている。
「本当に失礼を。エーベルハルト侯爵家のシャルロッテと申します」
私がそういうと支えていた手を離してくれたので、一歩下がって謝罪とお辞儀をした。
「おお! あなたがシャルロッテ様ですね。私はノートメアシュトラーセから来ましたです。国の爵位はこちらでは関係ありませんので、チェルノフ卿と名乗りましょうか」
優しい笑みを浮かべた彼は、そう挨拶をした。
侯爵か伯爵か、それに連なる親族か「卿」というからには貴族の血脈なのは確かである。
爵位は国により扱いも違うので、この挨拶は堅苦しい事は避けたい人なのかもしれない。
この国の人間よりもやや丸顔で頬骨が高く顔の幅が広い気がする。
目はくっきりとした二重で鼻先が丸みを帯びていて、ツンと高い。
この国の人間とは、違う事がわかる。
大きい丸い体型につるりと禿げた頭。
どこかで見た事があるような顔立だけれど、どこだったかしら?
こんなに特徴的な顔なら、記憶に残っていてもおかしくはないのに。
最北の国ノートメアシュトラーセから来客がいるとは聞いてはいないけれど、今はこの国の社交シーズン。
貴族達は交流に挙って王都に詰めかけているのだし、他国からの来客も一番多い時期である。
そもそも貴賓室がある棟は来客室ばかりなので知らない人が歩いていることも多い。
勿論、この棟に出入り出来るというのは皆かなり程度の高い地位の人間で護衛をつれている者ばかりだ。
「シャルロッテ様には、うちの湯沸かし器を広めて頂いて、国を上げて感謝しておりますです。大変、ありがとうございますですよ」
そういうとこの大男は、恭しく礼をとる。
「まあ!こちらこそノートメアシュトラーセの素晴らしい文化のお陰で、お茶どころか足湯まで楽しませて頂いております」
私がそう返事をすると、大きな口でにっこりと笑い返してくれた。
「サモワール・サロンには私も寄らせて頂きましたです。異文化を取り入れた談話室とあの作法。とても楽しみましたです。私の国は冬が長いので、ああやって娯楽にするのはとても勉強になりましたですよ」
大きな身振りながらも、私と目線を合わそうと少し屈みながら話してくれるのに思いやりとその人柄が感じられた。
「あの……。シャルロッテ様」
朗らかに異国の人と談笑していると、小声でソフィアが気まずそうに私に声を掛ける。
何かしらと彼女の目線を追うと、クロちゃんがものすごい勢いでチェルノフ卿の匂いを嗅ぎまくっているではないか。
ビーちゃんはビーちゃんで、彼の肩に止まって何かを確認するかの様に甘噛みだろうがその太い首に、あむあむと嘴を押し付けていた。
ふんふんふんふんふん
クロちゃんはまるでチェルノフ卿を吸い込まんばかりに鼻を鳴らしている。




