243話 査定です
「君は侯爵家の引きこもりをやめて外に出た途端、妖虫に襲われるは北では死にかけるしどうなっているんだ? 知らない間にシュピネ村を訪ねたと思えば拐われたそうだし、いっそもう外に出るなと言いたいよ」
ラーラからすべての報告を受けたらしくシュピネ村から戻った後、顔を合わせた途端、青い顔でそうまくし立てられたのである。
「君には確かに黒山羊様の加護がある。それを疑う事はないが、体だって心だって傷を負えば跡が残るんだ。どうかこれ以上、自分自身を危険に晒さないでくれ」
家族も知らない真相を知る王子は、悲痛な顔で訴えた。
王子は母親を亡くして、人が死ぬと言うことを身をもって味わっている。
だからこそ身近な人間となった私が死ぬの可能性を、殊更に遠ざけたいのだろう。
謝罪の後、気付けば王都に滞在する時は必ず王宮に泊まるよう釘を刺されてしまった。
そんな心痛をかけてしまっていたと思うと、こちらから強く出られるはずもなく、私が社交シーズンにエーベルハルトのタウンハウスでは無く、こちらに滞在しているのはそういう事情なのであった。
「次の安息日に行われる魔術儀礼に君も出席だそうだね。私も見に行かせてもらうよ。君はどの属性なのだろうね」
「やっぱり黒山羊様と一緒で地の属性がいいですね」
私は意気込んで、王子に語る。
憧れの魔法を自分で使えるかもしれないのだ。
当の王子は魔力の高さを維持してきた王族の血筋であるだけあって、全ての属性に適正がある。
言い換えれば全ての魔法、魔術に抵抗力を持つのだ。
そうでなければ、こういう世界ではやっていけなかったのだろう。
地の魔法は大地の力を借り受けて、治療をしたり土をならしたり出来るらしい。
大体の魔法は風の属性も持ち合わせなければ、穏やかなものであるという。
蝋燭の先に火をつけたり、水を桶に注いだり。
それが強い風魔法と合わさり射出される事により、火の矢や水の刃、石の礫となり攻撃力を持つのである。
そこまで出来る人間は軍部に所属し国の為に力をふるうか、冒険者となり魔獣狩りに身を投じるのだ。
私にはそういう事は向いていないだろうし、平和に庭いじりが出来るくらいの地の魔法が使えたらと望んでいる。
「後、神聖教国ドライヴァッハから審問官が来訪する予定だし、君も忙しいね」
少し王子が眉を顰めながら付け加えた。
神聖教国からの審問官。
この国で聖女と呼ばれる私の査定に、地母神教の聖地からとうとう人が派遣されたのだ。
昔から聖女と呼ばれる人間は、いろいろな国に現れているという。
それは国をまとめる為や威信を示す為に、意図的に作られた聖女も含まれる。
神聖教国はそういう政治的聖女には見向きもしないが、それを見逃すかわりに多大な寄付を受け取っているという。
矮小な世俗にまみれた愚か者共が、地母神教の威光に縋って聖女を掲げるのだから寄付を受け取るのは当然であるということらしい。
問題はその聖女が真実、黒山羊様の加護を持っている場合である。
そうなると教国としては、放っておくわけにいかないのだ。
出来るなら教国へ迎えて信仰の象徴として据え置きたいし、自分らの手で護るべきだと主張するそうで、そうなると厄介である。
教国は聖女の言葉には逆らわないと言っても、どうにかして連れていこうと画策する訳で、結局のところその国の王族に近しい地位につくしかなくなるのだ。
国としてもせっかく自国に現われた聖女を、教国へ持っていかれるのを指を加えて眺めているだけではない。
大概は、王族と婚姻関係を結んで予防線を張るという。
私は既に王子の婚約者であるのだからその点は大丈夫だろうが、審問官が来るという事は、正式に教国が私に目をつけたという事だろう。
シュピネ村で、黒山羊様の触手の蔦が物証として残った事がきっかけなのだろうか。
ただの子供だと思われればいいのだが、祭司長のように私に黒山羊様を感じる人がいるのだから何だか怖い気がする。
私の知らないところで値踏みされているような、そんな落ち着かない気持ちだ。
私はこの国が好きだし、神殿の奥で祈祷を捧げるだけの人生は望んでいないのだから。
かといって、王族になる事も望まなかったのだけど……。
「ああ、不安にさせてしまったね。審問官と面会する時は私も同席するようにするから、なんの心配もないよ。そう言えばハイデマリー達が遊びに来ていたのだろう? 久しぶりだったろうし話は弾んだかい?」
黙り込んだ私に気遣って王子が話題をかえた。
本当に気を遣わせてばかりな気がする。
「ちょうどロンメル様もいらして、不思議な話をしてくれました」
「どんな話かな? 聞かせてくれるかい」
王子に請われるまま、あの不思議な「手」に纏わる話をする。
「『Yの手』か……。それは用心するに越した事はないね。ロンメルも思う事があって話したのだと思う。決してその名を目に入れぬようにした方がいい。王室でもその話は小さいうちから聞かされているからね。呼んだら来てしまうと伝わっているから、耳から入ることはないだろうが……。まあ文字が読めなければ安全だから、大半の国民には縁がない話だとは思う」
王族も知っている話ということであからさまに信ぴょう性がましてしまったが、なるほど識字率の低さが、その神を退けているというのは不幸中の幸いといったところであろうか。




