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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

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239話 Yの手です

「商業国家の方には、また別の『手』が存在するそうですよ」

 商業国家というのはグローセンハング共和国という名の、その名の通り商売で成り立つ国である。

 各種の組合や商会がひしめき、その代表により投票制で国家元首を決めるのだ。

 それは終生ではなく任期制であり、面白いのは買収により票を稼ぐことが可能であるというところだろうか。

 買収は潤沢な資金がある証であり、金欲しさに買収されるのは自分に牙が無いと受け取られる。

 牙がない振りで相手の懐に入り喉元を食いちぎる輩も当然存在するし、借金をしてまで買収をすると、国の元首にはなれたとしても借金先の傀儡になってしまう。

 そんな一手間違えれば転落するような場所で、彼らは(しのぎ)を削るのであった。

 ところ変わればというが、いろいろな国があるものである。

「かの国は利益を良しとし、商売に重きを置く土地です。そんな国ならば数々の私欲を満たす魔道具も揃っているというもの。先ほどの『猿の手』も流通しておりますよ。露天市場(バザール)ではお土産としても売られているそうですし。可哀想にあの国の猿は大概は片手を切り取られているのです」

 ロンメルは残念そうに首を振って同情する様を表現してみせた。

 片手が残っているだけでもましですがと続けたが、言葉を濁す。

 そんな倫理観の国ならば、両の手を落とされてそのまま野では生きれず、死んでいく猿もいるのだろう。

 清純な二人の令嬢の為に、そこで留め置いたのだ。

 話し相手が私だけならきっと、その事実と共に「あの国の人は親の手でも売るでしょうね」とか笑い話にしたに違いない。

 この人にとって私はもう子供ではなく、仕事のパートナーになっているのだ。


「別の手というのは『(イプスィロン)の手』と呼ばれるものなのです」

イプスィロン……」

 コリンナがゴクリと、唾をのみこみながら復唱する。

「そう、それは手の持ち主の名前の頭文字だというそうです」

「Yが付く名前というと、Yohann(ヨハン)とかYvo(イーヴォ)とかかしら」

 ハイデマリーが名前の候補を上げると、ロンメルがシーッと口元に指を立てて沈黙するように促した。

 そうして、真剣な面持ちで声を潜めた。

「決してその名前を呼んではいけないのです。では『Yの手』のお話をしましょう」

 商会会長のその様子は、軽く他言してはいけない様に思わせた。


 それは緑灰色の左腕の彫像。

 まるで台座から生えているかのように垂直に聳え、手の平を天にかざしているそうだ。

 契約者はその手の平に自身で犯した惨たらしい犯罪の証を握らせ、土台に呪いたい相手の名前を書く。

 すると開かれていた手は固く握られ、呪う相手にその犯罪に手を染める悪夢を見せるのだという。

 昼夜悪夢に苛まれ、それから逃げるには自分もその夢の通りの犯罪を犯すか自殺するしかないのだ。

 相手の魂を、尊厳を汚す呪いの術具である。

 もうひとつの使い方として、手の平に相手の持ち物を握らせ土台に名前をいれる。

 すると相手はYへの捧げ物と認知され、夢でYに追われるという。

 術者は悪夢に弱った相手をその手で殺す事により、Yの従者として栄光を得るのだ。


「勿論、そうして殺した相手の品を持ち帰り『Yの手』に握らせれば次に魂を汚す術に使えます。再生利用という訳です」

 悪神に人を捧げ、被害者の一部は人を呪う品としてまた使われるのだ。

 妖虫といい、この手の品物は人を何だと思っているのか。

 案の定、妖虫を思い出したハイデマリーの顔から血の気が失せてしまった。

「大丈夫よ、ハイデマリー。ロンメル様、子供騙しのお話にしては趣味が悪いというものです」

 私は、ハイデマリーを抱き寄せて苦情を投げる。

 だが、商会会長は謝るどころか話を続けた。

「これは切実な話なのです。何故『Y』と頭文字で呼ばれるのか。神は名前を呼ぶのを嫌う。この邪な神は名前を知る人の元へやってくるというのです」

「名前を知るだけで?」

 コリンナが大きな声をあげた。

「ええ、その神について書かれた魔導書を読むと来るとか、その名を呼べばやってくるとかも言われておりますね。お嬢様方、『Y』で始まる長い名前を見かけたらすぐに目を逸らすか耳を塞ぐ事です。邪神が訪ねてこないように」

 ロンメルの神妙な雰囲気に、私達は飲まれてしまい言葉が出なかった。

 茶化した訳でなく、普段の彼とは違う面持ちにそれが本当の話であるような気がしたのだ。

 名前を知るだけで邪神が来るなどと理不尽この上ない。


 口を噤んでしまった私達に、商会会長は微笑んだ。

「少々、悪ふざけが過ぎましたかな?」

「まさか、冗談でしたの?」

 私が驚いてそう言うと、彼は首を横に降った。

「いいえ。商売上、仕入れた話なので真偽はともかく、そう信じられているのは本当ですよ」

「凄く迫力のある話ぶりでしたわ。見た事がないのにその手の像が目の前にあるかのように……」

 ハイデマリーの感想と私達の怯え方に満足したのだろう。

 ロンメルは目を瞑って、大きく頷いてみせた。

「何故、この話をしたかと言うと、商業国家の組合のお偉い様が王都にいらしてましてね。それで『Yの手』の話を思い出したのです。欲望を美徳として成長する国の悪しき風習ですね」

「そんな怖いものがあるなんて……。それにしても台座に名前を毎回書いていたら誰を呪うか手の像もわからなくなりそうですね」

 素朴なコリンナの疑問に、ロンメルは吹き出した。


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