238話 栄光の手です
「栄光の手」と呼ばれる魔道具がある。
処刑された罪人の手を温かいうちに切り落として、聖別した白い布でくるんでから血抜きをして香辛料に塩、硝石をまぶして壺に入れて漬物にする。
それを天日か生薬を炊いた煙で乾燥させたものを、蝋につけて仕上げたものだ。
これに火をつけることで姿を消したり、人を眠らせたりと使える道具だが、相手の魔力抵抗が高い場合は術が発動しないと言われている。
その他にも霊を招く為に使われたりと、その用途はいろいろだ。
「猿の手」と呼ばれる魔道具がある。
猿の前足を落として干したものなのだが、これは持ち主の願いを3度だけ叶えるといわれているが原始的なこの魔道具は、シンプルな作りの為か願いをかなえる代償が大きい。
大金を願えば、家族が事故に巻き込まれ死にその賠償金が入って来たり、恋人の為に美しさを願った女性はその恋人が視力を失くし彼女の老いを見る事はなくなったりと、失うものが大きすぎる道具である。
これは製作に魔術的手順を省いている分、本人及び周囲からの取り立てが大きいと考えられている。
加工の段階に魔術をかませる事でどうにか代償を軽く出来ないか世の魔道具製作者は試行錯誤してきたが、それはもう願いを叶えない別の何かになるだけで研究は頓挫してしまったという。
リーベスヴィッセン王国、王都ドラッヘンハイムの王宮。
聖女の間と名前を改めた貴賓室の応接間で、ロンメル商会会長が珍しくおどろおどろしい話を私達に向かってしている。
ハイデマリーとコリンナは、青ざめた顔で私の両隣を固めてくっついていた。
可愛い女の子2人にくっつかれて、ご満悦の私である。
友人同士お茶でもとおしゃべりをしていたら、たまたまロンメル商会会長が貴賓室に顔を出したのだ。
大の大人の男の人が、少女3人に囲まれては居心地が悪いだろうと思ったがそこはさすが商人、私達の年頃の意見が欲しいと商品に対するアンケートを取り出した。
子供と言えど貴族なのだ。
確かにその購買意欲を調査するのは間違っていない。
ロンメル商会は国中を網羅してはいるが、全ての地域で力を持っている訳では無い。
当然、地元から遠いほど勢いは衰える。
どちらかと言うと王国の東に力を持つロンメルにとって、西部に領地を持つハイデマリーとコリンナの家は足掛かりとしても重要なものである。
特にコリンナの家の領地には仔山羊基金とロンメル商会の協力で文官学校の話が進んでいるので、何度もロンメルは顔を出しているようだ。
政治や派閥の話はあまり歓迎すべきものでは無いが、私と懇意にしているロンメル商会と地母神教会は聖女派、西の男爵令嬢アニカ・シュヴァルツを擁する同じく西部を本拠地とするハインミュラー商会と彼女の所属する軍部は賢者派と、いつの間にか呼ばれるようになってしまった。
転生者と商売は相性が良いのだろう。
この世界に無い価値観と発案のお陰で、私の仔山羊基金も潤っている。
派閥争いは起きてはいないが、対立は国を分断しかねないので穏やかではない話である。
奔放な賢者を余り良く思っていないレーヴライン侯爵家も最近はロンメル商会と懇意にしているらしく、ハインミュラー商会に翳りが見え始めたらしい。
軍部に偏る賢者派は、魔力派とも呼ばれ魔力の高さを至上とするものだ。
身分より、魔力を。
その考え方は貴族の地位を脅かすものであったが、庶民には立身出世の夢をみさせてくれるものであった。
その偶像であるアニカ・シュヴァルツが男爵令嬢というのも程よい地位であり、民衆に受け入れられやすくもある。
反対に王太子殿下の婚約者である私は権威主義ととられてもおかしくは無かったのだが、ウェルナー男爵領やフーバー子爵領の件が功を奏して小さな町にも足を運ぶ貴族と認知されたようで、それがかえって私の評判を良くしているそうだ。
何がどう転ぶかは本当に分からないものだ。
「こういったように手というのは道具であり神秘であり、人はそこにいろいろな意味を見出したのです」
ひとしきり令嬢への商品に対する質問を終えると、少女のお茶会に無粋な真似をしてしまったと考えたのか、商会会長は怖い話をはじめたのだ。
流石の知識と話術は、魔道具に纏わる話でさえも恐ろしさを香料としながら興味深いものにしてくれる。
「そういうものは、今でも使われているのですか?」
私の質問にロンメルは勿体つけて、暫し沈黙する。
怖がっているのを気丈に隠そうとするハイデマリーと、小動物のように震えるコリンナにはその沈黙は良い演出になったようだ。
私はと言えば、怖い話は嫌いではないし現代日本では「恐怖」さえ売り物になる世界だったのだ。
TVでは恐怖映像と銘打って加工されたのか仕込みされた映像が流れ、霊能者は胡散臭くも念仏を唱えたりと、特に夏は目白押しであった。
「今日私がこの話しをしたのは、訳があるのです」
そう言うと商会会長は扉と窓へ何度か視線をやって周囲を伺うように緊張感を高めて声を潜めた。




