コリンナ嬢と冒険譚3
「窓? 窓にはなにもありませんよ?」
グレーテが私を抱きしめて、落ち着かせようとする。
私の子供特有の良く響く叫び声のせいか、街から外れているというのに、やんややんやと人が集まってきてしまった。
「この子が真昼間から、幽霊を見たんだそうだよ」
「おやまあ可哀そうに。こんなお小さいお嬢様がそんな怖い目に……」
街の人の同情の声が聞こえてくる。
誰にも見えていないの?
苛立ちと共に、私がもう一度窓を指差すとそこには何もいなかった。
「あ……」
あれは白昼夢?
でも、私は確かに見たような。
幻だったの?
あんなにはっきりこの目にしたのに、何だか見間違えだった気さえする。
そして人の注目を集めてしまったことに気付いて、私は赤面してしまった。
「すみません。お騒がせしました……」
そう謝罪すると、周りの人達は温かい眼差しを私に向けて笑ってくれた。
本当にどうしたのかしら。
疲れてるというわけでもないだろうし……。
「ほら、あんたお嬢ちゃんが怖がってるんだから、ちょっと家を見てきなさいよ」
エプロンをした恰幅の良い女性が、旦那と思われる男を小突いてあの家を指差す。
「こんな真昼間に出るわけがねえだろよ」
男の人は威勢よくそういうが若干声が震えていた。
「確かにこのまま帰っては、お嬢様の寝覚めも悪い事でしょうから私が見てきますよ」
衛兵は、私を気遣ってそういうとそれでもひとりは怖いせいか先ほどの男の首根っこを掴んで2人で向かってくれるようだ。
「きっと大丈夫だから見てらっしゃい。猫かなんかを見間違えたんでしょ」
周りの女性達も気を使ってか、わざと明るい声でそういってくれる。
だけれど、皆も怖いのだ。
あの家の女性の死に様も、あの家の怪現象もどれもこの街の人にとっては日常の延長線上にあるのだもの。
2人が窓の下にたどり着く。
皆で固唾を飲んで見守っていると、そこから玄関へ回るようで手振りで示している。
何故か2人とも、家の中の人に気付かれない様に前かがみになって忍び足をしているのがわかる。
誰も住んでいない家なのに、何をそんなに慎重になっているのか。
衛兵がドアノブに、そっと手をかける。
どうやら鍵がかかっている様で、中へは入れないようだ。
それはそうだ。
施錠してなければ、浮浪者や泥棒が入りたい放題になってしまうもの。
そうして2人は家の裏に周りこむようだ。
彼らの動向を見守りながら、誰が言うともなく私達もじりじりと少しずつあの家に近付いていく。
裏の勝手口に彼らが回ってしまったので、何をしているかは見えないがドーンと大きな音を立てたと思うと叫び声が聞こえた。
「動くな!!」
衛兵の声である。
先ほどまでの優しい声でなく、詰問するような厳しい怒鳴り声。
カーテンがバサっと音を立てて開いたと思うと、厚いガラス窓にベタンと憤怒の老婆の顔が張り付いた。
「ひいいいいい!!」
見学していた皆だれもが、その形相に驚いて悲鳴を上げる。
ある者は走り去り、ある者は腰を抜かして呆然としていた。
阿鼻叫喚とはこのことである。
私もグレーテに抱き着かれたまま、動くことが出来なかった。
張り付いた老婆の顔は、すぐに衛兵と男にひっぺがされる。
ひっぺがすというのはおかしいかもしれないが、私にはそう見えたのだ。
少し間があってから、衛兵と男の2人が老婆を伴って出て来た。
それは紛れもない生きている老婆であった。
「いやあ、お嬢様。お手柄でしたね」
そういって私に向かって笑顔を投げかける。
「泥棒でしたよ。お嬢さんのおかげで被害が出ずにすみました」
皆があっけにとられる中、衛兵と男だけは大きな声で笑った。
「まあ、こんな婆さんが窓辺にいたらそりゃ叫びもするさ」
皆が空き巣で良かったと胸をなで下ろしている。
衛兵が、家に押し入る為に体当たりした肩をさすっていた。
そんな中で私が見たのは、お婆さんではないなんて言えなかった。
空き巣として引っ立てられた老婆は単なる泥棒ではなく、死んだ女性が勤めていた仕立屋の女主であったという。
当初は殺害した犯人かと取り調べを受けたが、あの夜は外出していない事が証明された。
被害者が家族を無くした頃、気落ちする彼女から親の形見を家のどこかに大事にしまっていると聞いており、それを家探ししに来たそうだ。
最初は夜に入り込んで探してみたが、いっこうに見つからない。
カーテンを閉じて小さいカンテラの灯りの元、家の中をうろつく老婆をみた第3者により幽霊騒ぎになってしまったという。
野次馬のせいで夜の巡回が厳しくなったので、昼間に時間を作ってやって来たのだ。
老婆も昼間に幽霊屋敷を見物に来る酔狂な人間がいるとは思わなかったとこぼしたそうだ。
どうやって入り込んだかと聞けば、老婆は家の合い鍵を持っていた。
以前、被害者が落とした鍵を街の鋳造屋に持ち込み複製したのだという。
計画的だが未遂なのと高齢を理由に刑は軽くなるそうだ。
凄惨な殺人事件が未解決で、空き巣どころではないのだろう。
老婆の証言からくまなく家中を調べたところ、両親の形見が床板を外した収納庫から発見されたという。
形見は女性の墓に一緒に埋められ、そうして幽霊騒動はひと段落したのだ。
結局、殺人犯は見つからなかったが。
こうして、私の小さな冒険は終わった。
私が空き巣を捕まえただなんて、シャルロッテ様も驚くかしら?
それにしても、あれは何だったのだろう。
幽霊屋敷という非現実を前にして、おかしな妄想を見てしまったのかしら?
口を大きくぱくぱくさせて、あの幽霊はなにか叫んでいた気がする。
コリンナは首を振って、やはり見間違えだったのだと自分を無理やり納得させた。
とにかく珍しい体験であったのは確かだ。
次にいつシャルロッテに会えるのか日歴を見ながら、少女は思いを巡らせた。
考え過ぎないことは彼女の利点であり、生きる術でもあるのだから。
もう少し考えていたら、あの口元から零れる言葉をコリンナも理解したかもしれないのに。
そう、今際の言葉を女は叫んでいた。
やめて やめて 私を食べないで
、と。
幕間小話2話終了です。
実験的な感じで作ってみました。
次は第5章「シャルロッテ嬢と噛みつき男」を予定しております。




