コリンナ嬢と回想録1
私、コリンナ・クルツはリーベスヴィッセン王国、西地域の一部を納める伯爵家の二女である。
私の年代の令嬢は誕生を特に喜ばれ、そして又、落胆されることになりました。
リーべスヴィッセン王国の王太子殿下が先に誕生していて、その相手として誰でもその妃の地位を夢を見る事が出来たからです。
それと同時に物心着く頃には、清廉で厳格なレーヴライン侯爵家の高潔姫ことハイデマリー様とエーベルハルト侯爵家の幻の桜姫が台頭した事により、この2人と王太子殿下の婚約者を競う事の難しさがその夢を見難くして、浮かれた貴族の親達は肩を落とす事になったようです。
うちの両親はあまり出世欲はないのか、無駄に煽る事もしなかったので私自身はのんびりとやっていられたのは幸運でした。
先見のある貴族は自分の子供を妃候補として競わせるより、有望な令嬢の取り巻きにさせることに目を向けあからさまに行動を始めたので私のような伯爵令嬢は見向きもされず平和に暮らすことが出来ました。
妃候補と交流する為に、従来よりも多く各所でお茶会が開催されたおかげで、私自身の見聞を広める助けにもなった気がします。
ハイデマリー様の周りには多くの子供が群がる事になったのだけれど、彼女は誰にでも等しく優しく厳しく接していたように思います。
私も領地が近い事があり、度々ホームパーティやお茶会で顔を合わせる事になりましたがハイデマリー様よりもお茶菓子に寄り添った結果、彼女に取り入ろうとしなかった事が功を奏し親交を結ぶ事になったのは皮肉というより他なりません。
ハイデマリー様は、幼いうちから侯爵家の社交の手伝いをしていて顔も広く評判も高く子供というよりは既に小さな淑女でした。
それに比べてというのはおこがましいかもしれませんが、エーベルハルト侯爵家の桜姫様は、お茶会などに顔を出したとの話もまったく聞かず、本当に私達にとってその存在はまさに幻。
子供心に私はもしかしたら桜姫は本当はいなくて、童話かなにかの登場人物ではないかと思ったくらいです。
私の住む王国西部とは離れているせいで話を聞かないと考えてみたのだけど、王国の社交界のシーズンである初夏から晩秋にかけても王都のタウンハウスには滞在しているらしき話は出ても、ついぞパーティに出席したという話はありませんでした。
大人の世間話から察するに、エーベルハルト侯爵様が大変に大事にされている事と美しすぎて外へ出せないという事らしいのです。
みんなはそんなに美しいと言うけれど、誰も見た事がないのにどうして容姿を皆が知っているのだろう。
幼い私の素朴な疑問には、程なくして答えが与えられます。
社交シーズンで出席したあるお茶会に宮廷詩人のナハディガル様がいらっしゃったのが転機でした。
大きな羽根帽子にマント。
それは童話で見る王子様のようだと幼い私には思われました。
背が高く、凛とした姿勢でけむるような瞳にかぶる睫毛、瞳は優しげな曲線で少しタレているのが魅力的で、鼻筋は高く、そのいでたちはまるで空を駆ける天馬の様な人だと私の目は釘付けになってしまいました。
周りのご夫人達も彼を放っておけないらしく、普段毅然としている貴婦人が見た事がないほどはしゃいでいたのを覚えています。
「私の桜姫はいらしておりませんか?」
その悲哀を含む声は、うっとりするほど甘く響く。
周りから桜姫の不在を聞くと目に見えて肩を落とし、哀しみに沈んだ瞳で楽器を持ち直して彼は歌を歌い出した。
桜姫はその髪の一筋まで美しく儚く、幻のように消え去りそうな淡く夢のような存在として彼の口から歌われた。
美しさもさることながら、歌に込められた恋心が胸を打つ。
感動屋の貴婦人の何人かは、歌が終わると涙を流したり胸が苦しいと青い顔で別室に運ばれたりと大騒ぎになったほどです。
私が思うにコルセットの締めすぎなのだろうけど、姉様が言うにはそうやって倒れるのも貴婦人の魅力の演出なのだそうで、私には出来ないような気がしたし意味もわかりませんでした。
ともかく貴婦人を倒れさせるほどの魅力であったのは確かです。
物語から抜け出たような宮廷詩人が歌に歌い乞い求めるお姫様は、どれだけ美しいのだろうと私も思いを馳せました。
そうして、私もまた幻といわれる桜姫に憧れるようになったのです。
聞くに、こうやって子供が出席するお茶会などに桜姫を求めては、ナハディガル様は来訪するのだと言う。
何故、桜姫はこの美しい詩人に会ってあげないのだろう。
いつも寝る前には、同じ年頃の幼い桜姫が悪い魔法使いに拐われて詩人が愛の詩で悪人を眠らせて、姫を抱き上げて救い出す物語や、龍に囚われた桜姫を助けに冒険する詩人の話などを思い浮かべて眠りにつくようになりました。
物語は毎日少しずつ違う挿話を加えながら、子供の想像らしく取り留めもなく私の頭に描かれる。
残念なのは、桜姫の顔が想像出来ない事でこればかりはどうしようも無かったことでしょうか。
幻の桜姫は、私の想像の中でいつも顔を伏せているかベールを被っていたのです。
顔と言えば、私の容姿は人並みである。
お父様は可愛いとおっしゃってくれるけれど派手な髪色も瞳の色もしていないし、良くも悪くもないと言ったところか。
取り立てて特筆すべき事のない子供であるのだが、目立ち過ぎない容姿のお陰かどのグループにも紛れる事が出来るという特技を自覚出来たのは僥倖でした。
例えば知らない貴婦人の傍に立てばその親類だと周りはとるらしく、そのまま雑談を聞いていても何の咎められることがない。
子供の輪にも警戒される事がないので、興味のある話を集めるのにはとても重宝する特技となりました。
そんな感じで桜姫の情報を集めに色々な所に顔を出してはみたものの、西の領地でも実際に会ったはエーベルハルト侯爵家と直接交流があるごく限られた人だけなのでした。
本当にそんなお姫様が存在しているのかしら?
私にとって桜姫は、夢現にたゆたう花びらのような人であったのです。
活動報告を更新しました。
お時間がある時にでものぞいてみてもらえると幸いです。




