232話 魔術です
ゲオルグに隠し事は出来ないと観念して、私は旅の全てを話す事にした。
観念というのは違ったかもしれない。
私はきっとドリスを知る人に、彼女の数奇な人生と彼女の成した善行と悪行の両方を聞いて貰いたかったのだ。
私にとっては許されない人になってしまったが、せめて他の誰かひとりには許されて欲しかった。
祭司長は平凡であった頃のドリスの話を私に語り、私はこの旅の話を余すこと無く伝える。
ひとしきり話が終わると、祭司長はその白い髭を触りながら唸った。
「いやはや、とんでもない事になっていたのですな。私がもっと注意すべきでした。そんなところへ聖女様を送り出してしまっていたとは……。本当に申し訳ない」
「いいえ、行くと決めたのは私ですもの。私がドリスに気に入られていなければ、何事も無く終わった話ですし」
「それにしても、その話の発端なる職員は気になりますな」
「ゲオルグ様もそう思われますか? いくら何でもおかしいですよね」
「一般にあまり知られていませんが、魔法とは別に魔術というものがありまして、それにある『記憶を曇らせる』術ではないかと」
「そんな術が……、魔法と魔術は違うのですか?」
「ええ、魔法は四大属性のそれぞれの神に信仰と魔力を捧げて行使するものですが、魔術は術者の正気と魔力を使うものなのです」
「正気を……」
「魔法などよりやれる事も多く、まさに奇跡を起こすも同然なのですが、正気を削る訳ですので使い続ければ例外なく気が狂って死んでしまうんですな。そんな危険なものなので人の目からは秘匿されてきた結果、一般には魔法を使える人間が魔術師と呼ばれたりとややこしい事になっているのです」
元々魔法使いと魔術使いがいたが、片方が隠された為に名称が混在してしまったのだろう。
「中には1度の呪文で廃人になったりと大層危険なものなので、聖女様は努努手を出されませんように」
「その存在を今、知ったくらいですもの。手の出しようがありませんわ」
「はは、そうですな。さて、問題は聖女様を魔術を使ってまでシュピネ村に向かわせた者がいるということですな」
商会会長は無関係だろうし、職員は利用されただけだ。
私をシュピネ村にやって得する人?
まさか、蜜蝋軟膏や金糸を発見させたかった訳でもあるまい。
「私をあそこへ送って、何になるというのでしょう……」
「結果的に大事にはなりましたが、地母神教徒が増えた訳ですな。まさか村の改宗の為にそこまでする人物がいるとも思えぬし」
「シュピネ村に恨みを持つ人とかでしょうか? アトラクナクアの奇跡に充てられ村に捕らわれた男の親族とか……。逃げ込んだ女性を取り戻せなかった家族とか?」
「人の心はわかりませんでな。案外そんな理由かもしれない」
ゲオルグはサンタクロースのようにふぉっふぉっと笑いながら、膝のクロちゃんを撫でていた。
シュピネ村から出てきた職員を捕まえて、聖女を村へ向かわせる為に村長がごねたと魔術で刷り込むのだ。
仔山羊基金と村の関係は調べればわかる事だもの。
もし過剰に聖女の存在を信じる人間ならば、異教徒の村を聖女が改宗させると期待するかもしれない。
恨みを持つものか、ゲオルグには言わなかったがあるいは異教徒を許せない敬遠な地母神教徒か。
どちらにせよ動機がそれならば、その人物の思うつぼだったと言うことか。
そう思うと面白くはないが、納得は出来た。
しかし、その為に自身の正気を削るなど、既にまともではないのではないか。
それにもし、黒山羊様が降臨しなかったらそれこそ話はひっくり返ってしまう。
私はアトラクナクアの娘になって村の繁栄の為に、聖女の地位を利用した事だろう。
どちらかと言うとその結果になる方が、可能性は高かったのだ。
なんて杜撰な計画だろう。
今後、私をそんな事に利用しようと思わなければ良いのだが。
充分に用心しなければ。
「それにしても黒山羊様の眷族が増えるとは、聖女様は本当に愛されておりますな」
「そうならば良いのですが、私がしっかりしないせいだと思うと情けなくなります」
「いやいや、黒山羊様は慈悲深く愛情の深い方であらせられる。あなたに向けられた愛情をありがたく享受し、感謝を捧げることです」
さすが祭司長と言うべきか、話をしてすっかり私の心は軽くなった。
「クロ様については、黒山羊様のおっしゃる通りどこへなりと連れて行くのが良いでしょう。昔話の聖女の話でも、いつも落ち仔を連れていたとありますし。まあパーティやお茶会を気にするなら同じ建物内に控えていただいてもよろしいでしょうが」
「その様に致しますわ。そういえばちょうどゲオルグ様がいらっしゃるので相談があるのです」
私はテーブルの上に地母神教のお守りのブレスレットと、祭司長から渡された黒山羊様の像が入ったお守り袋を並べた。




