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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第四章  シャルロッテ嬢と紡ぎの手

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223/651

223話 腹の中身です

 この中に入っているのは、虐げられた苦しさや悔しさ、男への憎しみと怨み、そして愛情。

 愛されて育ったアリッサが、同じモノになれるはずがなかったのだ。

 苦労を知らない彼女は器としては合格したものの、その胎に入れるものを持ち合わていなかったのだ。

「お前の(はらわた)は実によく出来ているものね。騙され、弄ばされ、蹂躙され、踏みにじられても夫を殺しきれなかった哀れな女の歪んだ愛情。女の情の全てが混ざって発酵し醜悪な匂いを放ちながら膨れ、お前を満たしている。出涸らしの夫を大事に地下室で飼うなんて、なんて罪深く愛情深いこと」

 わなわなとドリスの体が震える。

 憎しみで覆い隠した愛情を指摘され、逆上するかのように祭壇の少女に襲いかかった。


 シャルロッテは、それに合わせて右手を優雅に前に差し出す。

 それははたから見て憐れな女に手を差し伸べた様であったが、そんな事ではなかった。


 みしり


 石の床を割って這い出た蔦の触手が伸びて、教祖の体とアリッサを羽交い絞めにすると、祭壇の目の前で固定した。

 他の無力な村人は、すっかり怯えて大人しくなって地面に頭を擦り付けて平伏している。

「さて、どうして欲しいのかしら? 私は優しいから希望を聞いてあげても良くってよ。関節全てを引きちぎられたい? ああ、それともアトラクナクアとの繋がりを引きちぎってあげようかしら? 力を手に入れて味わった万能感はどうだった? 今からただの無力な女に戻るというのはいい演出ではないかしら?」

 ドリスには、この目の前の相手に手も足もでないのが理解出来ていた。

 自分の神は、あれだけ信仰を捧げた蜘蛛の神は、何も語り掛けてはくれない。

「シャルロッテちゃんは、本当に黒山羊様の聖女だったのね……」

 触手に囚われ為す術なく、彼女の口から自嘲気味に言葉が漏れた。

 そんなものは、教会と貴族連中が箔付けに作った存在だと思っていた。

 会ってみれば博識でどこか大人びていたが、中身はただの少女とかわりなかった。

 だからこそ、普通の子供だからこそ、手元に欲しいと思ってしまったのに。

 子供として扱うと、少し照れたように戸惑う姿が愛らしかった。

 私を見上げて母を慕うように笑う少女の笑顔が好きだった。

 少女がいてくれたら遠い日に無くした何かを取り戻せるような気がしたのだ。

「お前のアトラクナクアは、蜘蛛の巣を作る事しか頭にないのよ。存在する為の信仰を得るのに眷族をたまに作るくらい。あれが欲しいのは蜘蛛の巣を張り続けるのに必要な、ほんの僅かな信仰だけ。お前達の言う奇跡は、アトラクナクアではなくお前が食事した時のおまけみたいなものだなんてお粗末な現実よね」

「アトラクナクア様を愚弄するな!」

 口からシャアッと、人には出せない音を立ててドリスは威嚇した。

 その途端、足があらぬ方向に触手により捻じ上げられる。

 可動域を超えるところでドリスの悲鳴が上がった。

「あああ、やめて! やめてよ! やめて下さい!」

「もう、おしまいかしら? 残念、糸紡ぎの娘は骨が無いのね」

 心底幻滅したというように、シャルロッテは頭を振った。

 その途端、教祖の右足がぐにゃっと曲がり再度悲鳴が上がる。

 その今まで感じた事のない感触と痛みに自分の足を見ると、触手に巻かれた足は見た事のない形に曲げられていた。

 人の足として有り得ない形状。

 くにゃりとつづら折りになっている。

 右へ左へ折れ曲がるそれには、あるべきその芯がなかった。

「骨が無いのだから、これはいらないでしょう?」

 美しい彼女は、その手に血に染まる骨を持ってドリスに見せつける。

 人骨である。

 ぬらぬらと鮮やかな赤い色に染まり、新鮮であることを教えてくれた。

 それは先ほどまで自分の右足に収まっていたものだと教祖は理解すると共に、その恐怖と生きたまま骨を抜かれた精神的衝撃に嗚咽を上げながら、胃の中のものを嘔吐した。

「あらあら、汚らしいわねえ。それくらい我慢出来ないの?本当に人間は堪え性がないこと。あ、もう人間じゃなかったわね」

 そういうと、彼女は抜かれた骨を教祖の顔の輪郭に擦り付ける。

 それは先ほどまで体内にあったものだと、証明するかのように人の温もりを帯び、血の匂いにまみれていた。

 ドリスは自分の血で顔を汚して、声も無く泣きじゃくった。

 いっそ恐怖に発狂してしまえれば良かったのに。

 人でない彼女には、それも叶わない。

「今回はこの子がひとりでどうしようもないから出て来たけれど、今後はこの様なことが無いようにお前から伝えて。何処に行くにも、せめて仔山羊を連れていけと。私が降りるのも一苦労なんだから。この子は本当に自分の身の安全に無頓着すぎるわ」

 教祖は言葉を失ったように、コクコクと頷く。

 自身の血を塗りたくられ、吐しゃ物に塗れ、抵抗する気も無くしたようだ。

「お前、返事も出来ないの?」

 ドリスは自身の骨で軽く殴打される。

「ひぃ」

「まあ、お前が蜘蛛の力で生きやすいのはわかったわ。奇跡の演出も悪くないし、その信仰の深さもとても心地よくて美味しそう。野望を持たずこの村で今後、私へ祈りを捧げるというのなら、今回は大目に見てあげる」

 慈悲深く、寛大に彼女は申し出た。


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