213話 説得です
話をして、男が落ち着いたのは確かだ。
私達は小屋を出て、待っていたドリスにアリッサとその兄の話し合いを提案した。
「私も同席出来るなら構わないわ。ラーラさんはもしもの場合、この人が暴れても大丈夫かしら?」
「男の1人くらい、如何様にも」
村長の問いに、ラーラがニヤリと笑って答える。
やっぱり、詩人に似てきてない?!!
それを見て、ドリスは頷くとトニに向き直る。
「アリッサの家族なのだから、入村を許可するわ」
音を立てて、木造の大きな門が開かれた。
男は目を見開いて村の様子を見ている。
誰でもこの可愛らしい村の様子を見れば驚くだろう。
いかつい柵と2重門に囲まれた村の中が、こんなに色鮮やかとは誰も思うまい。
「ここは、おとぎの国ですか?」
こんなに色鮮やかな村は、他にはないだろう。
「ふふ、その感想は気に入ったわ。本来なら男は見る事が出来ないシュピネ村よ。アリッサに感謝してね」
自慢気にドリスがそう言うが、家族に会うのに感謝も何も無い。
この村の特殊さを考えれば、仕方がないとはいえるのだが。
村長宅へ向かう途中、男のひとりがこちらを見ていた。
その瞳には憐れむような、安堵するような測れない感情が込められているように思えた。
そのままトニを見ながら、ぼんやりと立ち尽くしている。
「男性もいるのですね」
「ええ、村の女の連れ合いやらなんやら。迎えにきた人達よ。あなたと同じね」
そのにっこりと笑った顔は、普段の無邪気さとはまるでかけ離れた不穏なものであった。
「アリッサー? お客様よ」
ドリスの声に、2階から返事が返ってくる。
「少し疲れたからまた寝ていたの。あら? 兄さん。村にいれてもらえたのね」
気怠そうに欠伸をしながら、アリッサが階下へと降りて来た。
「アリッサ! お前! どうして……」
暢気な妹の姿に驚きを隠せない男は、アリッサに詰め寄ろうとするがドリスがやんわりと右手で彼の胸を押して制止している。
「おいたは駄目よ? この村で女性に少しでも手をあげてごらんなさい。一生後悔させてあげる」
「お……、俺はそんなつもりじゃ……」
ドリスの変わりように、私達までも戸惑った。
優しくて子供の様に、無邪気な村長。
それが今は、不穏で妖しい女性に見える。
「大丈夫よ、ドリス。兄さんは私に暴力を振るうところか、私をかばって怪我をするくらいお人よしなんだから」
アレッサはゆっくりと階段を降りると、広間の扉を開けた。
「さあ、兄妹の再会を喜びましょう?」
ドリスの変わりようにも、アリッサの態度もなんだかちぐはぐで、出来の悪い舞台を見ている気持ちになった。
「遠いところご苦労様ね。それでアリッサになんの用なの?」
そう切り出されて男は、一瞬言葉に詰まったようだった。
「な……、なんの用って、家族が消えたら探すのは当然じゃないか」
男の言い分は、もっともである。
「ちゃんと私は行きたい場所があるから行ってくるけど心配しないでって書置きしたじゃない?」
「お前、あんな書置きで納得すると思うのか? どれだけ心配したと思ってるんだ」
「心配してくれなんて誰も頼んでないわ。私はここに来れて満足なの。幸せなの。ここにいたいの」
アリッサはまるで思春期の自分しか見えない言い分を主張した。
まあ年齢的にはおかしなことではないのだが、元が思いやりのある人間だったと聞いていたので、違和感はある。
「幸せって、お前結婚はどうするんだ。あいつはまだお前を待ってるんだぞ」
「結婚よりも、この村にいる方がいいの。大体もう別れたって言ったでしょう? それに彼はここにいないじゃない!」
アリッサはうんざり顔だ。
こう話を聞く気がないのなら、どうしようもない。
「お前がここにいたいなら仕方ない……。だがせめて理由を、納得のいく理由を教えてくれ」
「ここが私の家なの」
強い意思の籠った強い口調で、アリッサが言い返した。
長年面倒を見て来た妹に、こうも拒絶されるなどと誰が思ったことだろう。
トニの顔からは血の気が失せて、青白くなっている。
「まあ、せっかく来てくれたのだし、お茶でもいかが? アリッサ、お茶をいれるのを手伝ってちょうだい」
そう声をかけると、ドリスはアレッサと2人で台所へと移動していった。
その様子は仲の良い姉妹の様にしか見えない。
広間に残された私達は、部外者である気まずさを味わっていた。
反抗期の妹と過保護な兄の遣り取りに、私達は必要だったのだろうか?
その言葉で片付けるには少々乱暴ではあるが、はたから見たらそういうことだろう。
「アリッサはどうしてしまったんでしょうか? あんな冷めた目で人を見る奴じゃあなかったんだ」
妹の変わりようが信じられないのか、膝の上で握られた拳が震えている。
「少し思いやりがない遣り取りになってしまいましたわね。ご家業に障りが無いようなら期間を決めてこちらに預かってもらっても良いと思いますよ」
マーサもいたたまれないのか、男を慰めている。
預かるどころか、彼女は次期村長なのだ。
もうエーベルハルトには戻らないのではないか。
「そう……、そうですね。今までわがままのひとつも言わなかった子なんです。そう考えたら初めて自分の意思で行動したのだから、認めてやらないと……」
自分で自分を納得させるように、トニはそうこぼした。
この男もこの男で妹に甘いようが気がするが、その心構えと、ここまで追って来た家族愛は立派なものである。
どうにか、ならないものであろうか。




