211話 面談です
「彼女の兄というのは、エーベルハルトの領民なのではありませんか?」
村を立ち去ろうと決めたというのに、マーサの言葉に私の心は揺れ動いた。
「そうですね。そうなればこのまま捨て置くには気分も悪いというもの。シャルロッテ様、とりあえずアリッサ殿の兄上と話だけでもした方がいいのではないでしょうか?」
ラーラが言うのも、もっともである。
このまま帰ってもいいのだが、エーベルハルトの領民がシュピネ村で暴れたなどと事件になっても困るというものだ。
遠い場所ならともかく、目の前で起きていることなのだからある程度、対処をするのは仕方ない事に思えた。
止める人間もいないので、私達は村長宅を出ると連れ立って村の入口へと移動する。
ちらほらと目に入る、村の力仕事をしている無口な男達。
生気がなく言われたことをこなすだけの機械のようで、目をそらしてしまう。
奇跡とはなんだったのか。
何もわからないまま去ることの後味の悪さを覚えつつも、それは身の安全と天秤にかけるものではないと自分に言い聞かせた。
「あら? シャルロッテちゃんも来ちゃったの?」
門番に大きな木の扉を開けてもらうと、騎士団の面々とドリスが目に入った。
「騎士団の人達がいてくれたから、大事にならなくて良かったわ」
普段は、こうして村に女を追ってくる暴漢を門で止めて、村の男とドリスで対応しているのだろう。
その存在はとても頼もしかったのか、護衛の面々に感謝している。
騎士団に囲まれて、1人の男がうなだれて座っていた。
「そちらが、アリッサの?」
「アリッサから何か聞いた? お兄さんだって話ね。エーベルハルト領から来たトニさんというそうよ」
ドリスが簡単に紹介してくれた。
「聖女様! アリッサと会ったのですか? 様子はどうでしたか?」
男は名前に反応して顔を上げると、私の方へ駆け寄ろうとしたが、騎士達に阻まれた。
「おや、あなたは……」
ラーラの言葉に男の顔をよく見ると、見覚えがある。
「あなたは、途中で見かけた行き倒れの人?」
私が覚えていたことに安堵したのか、男の顔色が明るくなった。
「はい! その節はお世話になりました。すっかり体調も戻ったので妹を探しにシュピネ村まで来たのです」
「まあ、かなりの距離があったのではなくて?」
「頂いた路銀がありましたので、恥ずかしながら乗合馬車を使わせてもらいました」
大事そうに財布が入っていると思われる肩掛け鞄に触れながら、男はそう言った。
乗合馬車は贅沢ではないが、それでもそれなりに体力も時間もかかると聞いている。
無駄遣いをする人でなくて良かったが、彼がアリッサの兄?
騎士団の人達も、男を覚えていたのだろう。
早々に事態が収まったのは、お互い顔を知っていたことが大きかったのだ。
それにしても2重門のありがたみが、こうしてみるとよくわかる。
女が多いといっても、門さえ突破されなければ村は安全なのだから。
「あの時は聖女様が目の前にいることに驚いてしまって、ちゃんとお礼を言えなくてすみませんでした」
「いえ、きちんと気持ちは伝わっておりますわ。アリッサのお兄様だというのは本当なのですか?」
「はい、妹は病み上がりなんです。こんな遠くまで旅なんて正気の沙汰じゃない。きっと熱のせいでおかしくなったんだ」
自分も行き倒れたというのに、ずっと妹の心配をしていてその身内の情に胸が締め付けられる。
「ドリスさん、うちの領民が騒ぎを起こして申し訳ありません。出来たらこの方とお話がしたいのですが、場所を貸してもらえますか?」
ドリスは村長らしい顔つきで思案したが、それはポーズの様なもので直ぐに返事はかえってきた。
「シャルロッテちゃんのお願いなら是非もないわ。あちらの建物を使ってちょうだい」
快く村長が承諾してくれたお陰で、村へ入れない男性用の商談の小屋を貸してもらえることになったのだ。
女性だけで対応はと渋る騎士団に、ラーラがいるからと断って男と私達3人で小屋へと入った。
商談用の小屋は二重門の間にあるとはいえ、内装もしっかりした小屋である。
貴族を迎えるには少々心許無いが、充分な造りであるのがわかる。
貴族の男は、村で買い物する妻や娘をここで待つなり、子爵邸で待つなりするのだろう。
堅苦しい男衆の目から逃れての女性達の買い物は、さぞかし財布の紐も緩むというものだ。
ラーラが私を先に椅子へと促す。
「では、お話を伺ってもよろしくて? 出来たらアリッサが出奔する前からの説明をいただきたいわ」
先程騒ぎを起こしたばかりで、興奮しているのか最初は暴れるつもりはなかったやら、こんな事になるとはと心情の吐露に始まったがひとしきり吐き出すと落ち着いてきたようだ。
話によれば数年前に両親を亡くし、兄妹で慎ましく生活していたらしい。
兄は手に職があるので、ある後ろ盾を得て若くして工房を立ち上げたそうだ。
これから心機一転という時に、妹が病に倒れる。
一向に引かない熱に、医師には匙を投げられ熱冷ましを与えるくらいしか対応のしようがなかったそうだ。
うなされる妹の看護に、仕事もままならなず借金もかさむばかりの生活。
妹が倒れて、3ヶ月目に入るか入らないかの時に突然熱が引いたのだという。
「アリッサが元気になって、やっと仕事に打ち込めると思っていたのですが、あいつは何だか人が違ってしまったかの様で……」
思い遣りがあってとても優しかった妹が、まるで別人の様なってしまったと男は零した。
そう、赤の他人の様に振る舞うようになってしまったと。




