194話 村長です
牛軋糖にはバターや乳製品がふんだんに入っているのだろう。
畜産が盛んな土地のお菓子だろうか?
ぱあっと口の中にミルクの薫りが広がり、一見、大理石のような見た目なのにねっとりと柔らかく舌にとろけていく。
その中でアーモンドの触感と香ばしさが弾けて、何とも言えない美味しさだ。
「おいしい」
ドリスは、私の顔を見て満足気だ。
「それじゃあ、今日のお茶のお菓子はヌガーにしましょう。後、私の焼いたクッキーもあるからそれでいいかしらね」
ヌガーを店主に包ませると、村長宅へと案内される。
途中、何人か男性を見かけたが皆、黙々と柵の修繕や薪割りなどの力仕事をしていた。
そんな私の視線に気づいたのか、村長が誇らしげに言う。
「うちの村では、男性が率先して力仕事をしてくれているの。頼めばなんでもしてくれる、頼もしい働き者ばかりよ」
それは生来のものなのか、奇蹟と言われるものなのか。
先ほど反省したのにどうしても、気になってしまう。
男たちはこちらに目を向ける事も挨拶をするでもなく、作業に没頭しているようにみえた。
村長の家、平屋ばかりの村の中、ここだけは2階建てであり目立つように建てられた白亜の建物であった。
色付きの壁にしたかったけれど選べなかったと村長は笑って教えてくれる。
よく手入れされた庭に、揺れるカーテン。
花と刺繍も飾り付けられて、家の中には先ほど焼いたと思われるクッキーの匂いが立ち込めていた。
「楽にしてね。今すぐお茶をいれるわ」
私達が玄関をくぐると、階段から女性が降りて来た。
「ドリスさん? お客様なの?」
見ると17、8歳くらいの細身の女性がそこにいた。
長髪で、前髪を左右に分けた真面目で優しそうなかわいい人だ。
右の薬指に包帯を巻いていた。
「ええ、待ってた人が来てくれたのよ。アリッサ、体調はどう?」
「大分調子は戻ったわ。お茶をいれるのなら私も手伝う」
子爵もこの女性に会うのは初めてだったらしく、村長がちょうどいいからと紹介してくれた。
つい先日、村に来たばかりで慣れない旅疲れで2階で休ませていたのだ。
村長宅の2階はもっぱら駆け込んできた女性を匿う為であるらしい。
何部屋かは、いつでも人を泊められるようしてあるとのことだ。
「まあ! エーベルハルトのお姫様なの?」
私の挨拶が終わるやいなや、アリッサは飛び上がって喜んだ。
「私、エーベルハルトから来たばかりなの。こんな遠い土地で幻の桜姫に会えるなんて、やっぱり私シュピネ村に来て良かったわ!」
「エーベルハルトから……」
私は、言葉を失くしてしまった。
この子も遠い道のりを、故郷を捨ててここまで来たのだ。
しかもエーベルハルト領からなんて。
捨てて来た土地の人間に、こんなところで会うなんて嫌ではないのかしら?
そんな不安が胸をよぎる。
「ああ、心配しないで? 私はここに駆け込んだわけではないの。ただ、どうしてもここにこなきゃいけなかっただけ」
私の表情をみて察したのか、すぐにそう付け加えると、台所へドリスと連れ立ってお茶を入れに行ってしまった。
ここにこなきゃいけなかった?
何かしら?刺繍の勉強?糸紡ぎの経験を得たかった?
私に心配をかけないようついた嘘かもしれないが、それは何か心に引っかかった。
「ようやくひと心地つきましたね。いやはや騒がしい人で申し訳ない」
台所から聞こえるドリスの鼻歌を聞きながら、トビアスが弁明する。
「彼女は昔、子供を亡くしたことがあるそうで、その後も恵まれなかったせいか大の子供好きなんです」
それを聞いて、目が潤んでしまう。
私は親を亡くす話だけでなく、子を亡くす話にも弱いのだ。
どれだけの喪失感に苦しんだ事だろう。
次に私に抱きつこうとしたら、避けたりしない方がいいのではないかと本気で悩んでしまった。
いろいろなものを失くして、彼女はこの村を起こしたのだ。
外見が信じられないくらい若いといっても、中身は等しく年を経るのだ。
アトラクナクアを母と慕い、外見と違う時の流れを持つ彼女が何だか自分に重なってしまう。
私と違い、自分の場所でいろいろな不幸を乗り越え、今の彼女のような陽気な人間でいられるようになるのに、どれだけの時間がかかったのだろう。
私はここに異教徒を糾弾しに来たのではないのだから、きちんとこの村を視察して正当に評価すべきだ。
いろいろな偏見を受けながら女性を護る村なのだから、力になりたいと思う。
ねっとりとした美味しさのヌガーも格別だが、ドリスが焼いたクッキーも香ばしくおいしい。
口の中でほろりと崩れて、軽い食感でお茶がすすむ。
私達はおしゃべりをしながら、しっかりと味わってお茶の時間を楽しんだ。
「はあ、こんな可愛い女の子がこの村に来るなんて、なんでも言ってみるものねえ」
ドリスが、私を見ながらうっとりとした顔で話した。
「私が呼ばれたのは、お仕事のお話ではなかったのですか?」
そう返事をすると、とんでもないという風に彼女は首を振る。
「せっかく仔山羊基金のお仕事を頂いているのだから、一度、聖女様にこの村に来て欲しいわと言った覚えはあるけどそれくらいよ? それこそお茶の時間の雑談よ? 子供を仕事で呼びつけるなんて、私がするはずがないじゃない!」
やはり、伝言ゲームで大げさに伝わったのらしい。
とりあえず刺繍の仕事には支障がなさそうなので安堵した。
きっと、どこかで話の行き違いがあったのだ。




