193話 釜土です
「この人は私が子供の頃から歳を取ったように見えないのですよ。不思議な事です」
トビアスが、目を白黒させる私にそう言った。
「まあ! アトラクナクア様の奇跡よ! 不思議でもなんでもないわ」
ドリスは、楽しげにくるりと回ってみせる。
灰色のワンピースの裾が、ふわりと揺れた。
なんて楽しそうな人なのだろう。
その子供っぽい仕草がより彼女を若く見せているのかもしれないが、肌のハリも髪の艶も多く見積もっても30代だ。
不老がアトラクナクアの奇跡?
そんなものがあるのなら、とうに権力者に利用されていそうな気がする。
「村の入口で話していても仕方ないわ! さあ、中へどうぞ。シャルロッテちゃん、シュピネ村へようこそ!!」
ハキハキとドリスはそういうと、門の奥に私達を招いた。
中に入ってまず、目に飛び込んできたのは淡いピンクや黄色の漆喰が塗られた家の壁である。
漆喰には塗料で可愛らしく花や葉模様も描かれていて、華やかさを演出していた。
まるでどこかのテーマパークの様だ。
どの家も窓辺に花が飾られて、小さくても庭が作られて綺麗に整えられていた。
窓辺には綺麗な布がかけられ、風に揺れてまるで私達の来訪を歓迎しているようだ。
色とりどりの花に緑に家の壁。
日除けの為か木も所々に植えられて、濃い陰影を作っている。
どこからか、きいきいばったん、カラカラカラカラと音が聞こえてくる。
機織り機や糸車が歌っているのだ。
私はかわいい童話の中に迷い込んだような気分になった。
「まあまあ、こんなにかわいい村は初めて目にしますわ」
マーサが興奮気味にそういう。
全くもって女性的と言って良い家々。
無骨な所はどこにも見当たらず、何もかもが女性好みの造りをしている。
「色とりどりの花を植えて、窓辺には綺麗な布をかけて、刺繍を施した小物をあちらこちらに飾って、おいしいお菓子を焼きながらおしゃべりをするのが私の夢だったの! アトラクナクア様のお陰で、私はすべてを手に入れる事が叶ったのよ」
村長は無邪気にはしゃぎながら、そう語る。
雑貨屋の並びには、他の村には見られない刺繍屋や糸屋なども並んでいる。
これは村民向けではなく、明らかに顧客用だ。
女性のみ入村可能な小さな村で、こうして独立した店を並べてもやっていけるのは、なかなかあることではない。
村営というか、村として店を出しているのかもしれない。
個人の客は少なくともロンメル商会や他の商会相手に大口の注文を受けているのは聞いているし、なかなかのやり手のようだ。
村の家並みも、店構えも実に童話的である。
「なんて素敵」
可愛らしい村の様子に、私は素直に感想を口にした。
「シャルロッテちゃんもそう思ってくれる? 時間は沢山あるのよね? 小物や刺繍は逃げたりしないのだから、まずはお茶にしましょう!」
そういうと彼女は、小麦の穂が掛かれた看板の下がる建物を指差した。
菓子屋は村の釜土役をかっているのだろう、パン屋も兼業しているようで近付いていくと小麦の焼ける良い匂いが鼻に届く。
いや、パン屋が本業か。
一般的に、質の良い釜土を各家に置くのはなかなか難しい。
村人は週に何度か、家で作ったパン生地を村にひとつのパン焼き釜土へ持ち込み焼いてもらうのだ。
大体の村には領主の使用人としての釜土係がおり、釜土の使用料として生地の一部を徴収する事となっている。
この村も同じであろうが、村のパン屋というには店構えも可愛らしく店内には日持ちのする焼き菓子が密封できるガラスの瓶に入れられて並んでいて洒落た作りをしている。
商品を並べすぎても村民では消化しきれないと見えて慎ましやかな品数だが、普通の村であれば雑貨屋で他の生活用品と共に扱うところだ。
棚が寂しくないように果物の砂糖漬けや砂糖煮も同じくビンに詰められて並んでいるのが目に楽しい。
パン屋の店主は恰幅の良い女性で、私達一行を見て愛想よく挨拶をしてくれた。
彼女ももしかしたら辛い過去を持っているかもしれない、そう思ったところでこの村に持たれる偏見を自分の中にも見つける。
初対面の人間に対してそんなことを思うなんて、なんて失礼なことを。
過去がなんだとしても、今目の前にいる事に関係ないではないか。
なんだか自分が人の醜聞を期待するような人間にも思えてきて、反省をする。
「さあ、好きなお菓子を選んで頂戴? ここは子爵のおごりですからね」
冗談だろうがドリスがウィンクをしながらそういうと、トビアスも一緒になって笑った。
クッキーやビスケットにフロランタンとある中、白い石に丸い茶色い模様が浮かぶ不思議なものを見つける。
「これは一体なんですか?」
「これは牛軋糖というお菓子よ。卵白を泡立たものを砂糖と煮詰めてアーモンドが入っているの。保存が利くのでお土産にも最適よ? この村にはいろいろな地方の女性が集まっているから見た事の無いものがあってもおかしくないわね」
ドリスはそういうと店主にヌガーの小さな欠片を持ってこさせて、私の口にポイと放り込んだ。
ラーラが毒見もなしにと慌てるが、私もそのままモグモグと食べてしまったので止めようがなかった。
マーサも呆れた顔をしているが、ここが特別な村だからか何も言わずにみていてくれた。




