192話 その女性です
「申し訳ないのですが騎士団の方々にはそちらの家屋と空き地にテントを張って、村の外側で警備にあたってもらう形になりますね。まあ村の中はほとんどが女性ばかりですし、ヴォルケンシュタイン殿もいらっしゃるのでシャルロッテ嬢の身の安全は保障されてますよ」
それを聞くとラーラが若干胸を反らしてふふんと鼻をならした。
彼女の活躍は詩人の歌によって遍く王国内を駆け巡り、今では一番有名な女騎士となったといって過言ではない。
ナハディガルはあの後も、ひっきりなしに夜会に呼ばれてはあの歌を歌いまくったのだ。
鮮血の凶姫などと年頃の令嬢が呼ばれたらお嫁に行けなくなってしまうと嘆くところなのだが、そこはさすがというか、ラーラは誇らしげにその二つ名を拝領した。
「お任せあれ」
彼女は帯刀した剣に手をかけて、頼もしく笑ってみせる。
こんな事を言ってはあれだが、この人が男に生まれていたらものすごくもてたのだろうなと思ってしまう。
そんなやり取りをしていると、村の奥の門が開いた。
「ああ! 私のかわいいトビアス!!」
そこから30代くらいの灰色のワンピースをまとった女性が飛び出してきて、子爵に抱きついた。
恋人の出向えというにはあまりにも情熱的で、私達は驚きながらも珍しいものを見る様にしみじみとそれを眺めてしまった。
その女性は豊かな髪を結い上げて、綺麗に化粧をして子爵に会えた喜びを全身で表していた。
子爵より10歳以上は年上に見えるが人の色恋に口を出す気はないし、私が年齢をとやかくいう立ち場ではないのは百も承知である。
中身はおばちゃんで外がこれなせいで、中身が釣り合う前国王とは入れ物と合わないし、入れ物と釣り合う王子とは中身が合わないのである。
10や20の年の違いくらい、何をいわんやだ。
村の女性との恋愛はさぞかし障害が大きいだろうが、子爵の人となりも女性の熱烈な様子も気に入った私は、個人的には応援したい気持ちでいっぱいなので身分どうこうで問題など起きたら助力しようと心に決めた。
「忙しいと聞いていたけれど体は大丈夫なの? ああ、さみしかったこと。知らせを受けてあなたの好きなクルミのクッキーを焼いておいたのよ」
自分より背の高いトビアスを見上げながら、彼のふくよかな頬を両手で包んで彼女はそう言った。
まるでお餅みたいで、私もちょっと彼のほっぺに触りたくなったのは内緒だ。
「ありがとう。だけどお客の手前こういう歓迎は遠慮してほしかったな」
私をちらと気にしつつ赤くなった彼の言葉に、しまったというように飛び上がり女性は私に向き直った。
「これはとんだ失礼を」
「では紹介しようか。こちらがエーベルハルト侯爵家のシャルロッテ嬢。王太子殿下の婚約者でいらっしゃる。シャルロッテ嬢、こちらがあなたを招待したシュピネ村村長のドリスだ」
にっこりと微笑んで紹介を受けたが、ドリスは祭司長のゲオルグと同じような年齢のはずではなかった?
もしかしたら、同名の女性?
「シャルロッテ・エーベルハルトです。この度は招待ありがとうございます。仔山羊基金の仕事でお世話になっております。丁寧な仕事ぶりに感謝しておりますわ」
動揺を隠して挨拶をすると、ドリスと呼ばれた女性はぐるんと子爵の方へ顔を向けた。
「本当に聖女様? どうしよう、どうしよう、どうしよう」
どうしたのだろう、彼女の方がよっぽど動揺している風情だ。
トビアスが心配そうな顔をしている。
ひとしきり子爵の顔を見て不安を吐露してから、彼女はまた私を見た。
「なんて、かわいいの!」
「ひあ!!」
彼女は先ほどトビアスにしたハグを、私にもしようとしたのだろう。
飛び掛かられると思った私は、情けない声を上げてしまった。
「何人たりと許可なしに、シャルロッテ様に触れる事は叶わぬ」
ラーラが間に入り抜刀して牽制すると共に、トビアスが女性を後ろから羽交い締めにして抑えている。
ナハディガルに剣の師事をしているせいか、最近ラーラの言い回しが似てきたような気がする。
「シャルロッテ嬢、ヴォルケンシュタイン殿、ドリスの無礼をお詫び申し上げる。なにぶん子供好きな人なもので歯止めが効かないのだ。私も幼い頃から可愛がられているせいか、怒るに怒れなくて……」
「トビアス様が言いかけていた村長に気を付けろというのは、この事ですか?」
「ええ、本当に申し訳ない。お話した通りこの人は第2の母のようなもので……」
「母……? 恋人ではなく?」
やはり、この人が事前に調べた村長?
それにしても年齢がおかしくないだろうか?
「きゃあ、恋人ですって! 聞いた?トビアス。こんなおばさんを捕まえて、なんて嬉しいことを言ってくれるのかしら? シャルロッテちゃんはクッキーはお好き? あ! 村のお菓子屋で好きなのを選んでからお茶にする? はあ、見れば見るほどお人形さんみたい。後でおばさんに少しだけ抱っこさせて? ね?」
怒涛のおしゃべりに押されてしまって、言葉が出てこない。
この人が祭司長と同じ年代の人?
そんな馬鹿な。
歳を止める魔法があるの?
それとも若返りの薬とか?
まさかアトラクナクアの奇跡だとでもいうのだろうか?




