191話 シュピネ村です
結局その日は夜まで子爵の時間が取れず、もう一泊することになった。
急ぐ旅ではないし、頑なにフーバー子爵が村へ行く時には同行すると言うのだから折れるしかなかったのだ。
子供の侯爵令嬢を放り出す訳にはいかないのはわかるのだけれど、そうやって全部自分でやろうとする事で、かえって全体の流れが悪くなる事に気付くのは、彼がもっと人生を重ねてからなのかもしれない。
あなたは頑張っているのだから、これ以上頑張らなくても人に任せてもいいのだよと伝えたかったが、それもまた年端もない少女の口からでは説得力がない気がした。
中身通りの年齢ならば少しは子爵も話を聞いてくれただろうに、年齢に振り回されてはきたが、年寄りになりたいと思う日が来るとは思わなかったので何だか不思議な気がする。
もし、年齢が選べたとしてもその歳の利点と欠点があるのだ。
結局何歳を選んでみても上手くやれるかは自分次第で、不器用な私は今と変わらずきっと足掻いているだろう。
そう思うと何だか子供の自分を、今までより受け入れられる気がした。
滞在が少し伸びたものの、やはり私の目に入る範囲で蜘蛛が目に入ることはなく、ラーラとマーサから少々変な目で見られることとなった。
部屋のみならず移動する場所全てで見かけないのは、蜘蛛が多いとうんざりした彼女達からみて不自然過ぎるようだ。
蜘蛛避けの何かが出ているのは確実ではないかと、ラーラにクンクンと私の頭の匂いを嗅がれていると子爵がやってきた。
子爵は私達のおかしな場面に少々面食らったようだが、動揺を隠して話し出した。
「昨日は用事が片付かず、申し訳ない事をしました。今日の午前中は空きましたので村へ案内いたしますよ」
私を待たせたことを本当にすまないと思っているのか、真剣な面持ちで謝罪をされる。
「前もって手紙は出していたとはいえ、突然来訪したのはこちらですもの。お気になさらないで下さい。お屋敷に展示してある作品の数々をゆっくり堪能させていただけたのですから、かえって感謝しなければなりませんわ」
これは本当の事である。
なかなかお目にかかる事の出来ない美麗な作品の群れを眺めて過ごすのは、退屈とは程遠いというものだ。
「君は本当にしっかりしているのだね。村へ案内はしますが、村長には気をつけ……、いや、村人の態度が不適切な事もあるだろうが、先に私から謝罪申し上げる」
彼は少々、渋い顔をしてそう言った。
エマも複雑そうな顔をしている。
村長に気を付けろと言いかけた?
頑なに自分が村に付いていくと言ったのは、そのせい?
村には何かあるのだと、1度は手放した警戒心を握りしめて子爵の先導で私達はシュピネ村へ向かった。
子爵邸から馬車で森林を15分程走るところにシュピネ村はあった。
領地の規模から考えても、子爵邸とそんなに離れてはいないのに何故1度廃村になったかのか不思議であったが、山を無理矢理切り開いて作られているので、林業や木工加工者しか住みそうにない雰囲気だ。
村民が暮らしていくのにやっとくらいの畑はあっても、領民の大半を占める農民には不向きな村である。
人が増えて新しい場所を開拓してはみたものの、小さい畑では暮らし向きが悪くてどんどんと平地へ村民が流れた結果、寂れたのだろう。
現在の村長が刺繍、紡績を主産業においたのは悪くない選択であるが、山の中というのは流通も悪いのではないのではないか。
「この山は隣の領地へ向かう道が走っているので、乗合馬車も荷馬車も結構行き来しているのですよ。少し道を入るだけで村があるので、そういう人らの立ち寄りにも悪くはない立地と思うのですが、商人ならばもっと賑わう場所で一旗揚げたいと、村にはいつかなかったようなのです」
私の疑問を、トビアスが道中説明をしてくれた。
当時の領主は増えた領民に新しい土地と村をと考えたのだろうけれど、失策だったということだ。
農民の子は農民に、商人の子は商人にと親の仕事をそのまま継ぐのはこの時代ありがちである。
親と同じ道を歩むのが確実なのは、皆知っているのだ。
平地を捨ててこの村へ来たものの結局は山での生活に慣れなかったのかもしれない。
村の周りには素人手ながら高い柵が取り囲み、魔獣除けの草木が植えられて人の出入りは決まった場所からでしか出来ない形になっている。
村の表玄関とでも言うべき場所には簡単な木の門もつけてあり、門番らしき男が子爵の顔を見ると頷いてから開けてくれた。
馬車は、速度を落としてそこをくぐり止まった。
「少々歩きますよ」
子爵の案内で進むが、門をくぐってすぐに村の中かと思ったら、なんと奥にまた門がある。
門と門の間には馬小屋や空き地もあり、警備員の詰め所だろうか?
2軒ほど木造の家が建てられている。
村としては、これはかなり厳重といえる作りではないだろうか。
「ここは何か凶暴な魔獣でも出るのでしょうか?」
「ああ、2重門は皆さん驚かれますが、なんてことはないのですよ。この村は村民の家族以外の男の出入りを禁止しておりますので、商談や用事で来た男衆は、奥の門はくぐれないのです。その為、男性用にそこの家屋を使うというわけです」
そういえば、商会長に村は男性禁止と聞いていたのだった。
山の中だし不用心に放り出す訳にもいかないだろうし、こういう形になったのか。
家族や関係者の男性は入村出来るといっても、まるで尼寺という感じである。
一体、村の中はどんな風なのだろうと不安と期待が私の胸をよぎった。




