19話 考えてもわからないことばかりです
そもそもの話、10歳程の少年と結婚なんて考えられるはずがない。
元々おばさんだもの。子供もいて夫もいて生活に疲れて心がすり減ったおばさん。
もう名前も思い出せないけれど、確かにあの生活はあって私はおばさんだったのだ。
子供を恋愛の対象に出来るはずはないし、政略結婚として考えてもなかなかに難しい。
来世も前世もあると仮定して、何故前世を覚えている人がほぼいないかが、わかった気がする。
覚えたままでは次を生きるのが大変だからだ。前世を引きずって生きるよりも忘れた方が楽なのだ。
自分の中に轍の様な記憶の軌跡があり振り返れば何かしら思い出してしまう。どこを切り取っても連続してそれは私なのだから、新しい肉体とは別に私自身の認識は継続してしまうのだ。
体に引っ張られるということは確かにある。
ホルモンのバランスや病気により泣きやすくなったり怒りっぽくなったりと肉体が心に与える影響は多大だろう。
前よりも子供らしくなったのは感じるが、だからといって恋愛対象が子供にはならない。
かと言って誰が対象かと言うとこれがピンと来ないのだ。
いっそ1人で生きていくのか?だが貴族には婚姻も義務だろう。
クロちゃんとのんびり隠遁出来たら良いのだが。
これはまずいのではないか?
ある程度の忘却は訪れているがそれは去年の何月何日に何をしていたか思い出せないようなもので、私の前世を消すまではまだ至らない。
それとも突然加速するように忘れていくのだろうか。
その場合私はその喪失に耐えられるのだろうか。出来ればゆっくりと中学の頃の隣の席が誰だったか思い出せないような曖昧で緩やかであって欲しい。
上手く今の世と混じりあって霧散してくれると良いのだが。
とりあえず今の私には子供と恋愛など無理なのである。
茶会は当たり障りなくのんべんだらりと済ませないといけない。母が言う今までの不参加の挽回も、申し訳ないが今回は見送ろう。
そもそも子供ばかりの茶会ってどんな感じだろう?幼稚園みたい?
いやいくらなんでもそんな幼くはないだろうから小学生のクラブみたいな感じかしら?
この私の生活は大人に囲まれていて、他の子供と交流する機会があまり無い。
屋敷の敷地内が生活のすべてで、子供自体も兄以外は日常では見ないのだ。だからこそ大人びた早熟な子供が多いとも考えられるけれど、のびのびと育てることが美徳の様な世界を思うと心配になる。
そりゃあ昔は子供も働いていた時代もあっただろうが、経験していないことはなかなかピンとこない。
子供の情緒も不安だが、小学校のように、幼い子供をひとつ所に大量に集めて教育するということは今思うと凄いことである。
王宮と言うからには盛大に開催されるのだろう。何人くらいの規模なのか。
皆貴族の子なのだから、同じ様な環境であるのには違いない。同年代の子供に慣れているわけでなく、どちらかといえば全員各家でお姫様な訳だ。
いっぱいのお姫様の集団……。気に入らないと癇癪起こしそう。そう思うとちょっと怖くなってきた。
「めえぇ」
不安になった私をクロちゃんが慰めるように見上げて鳴いている。
とりあえず目立たず騒がずだ。
相手は子供と言えど貴族のお嬢様達。相手にして上手くあしらえるとは思えない。
事情はわかるが、王太子様も良くそんな恐ろしいお茶会をする気になったものだと思ってしまう。
出席すれば義理は果たしたという事になるだろう。ティーパーティというよりサバンナで猛獣と集会みたいな気持ちになってきた。
ベットの上で、クロちゃんを高い高いしたり抱きしめたりして気を紛らわせてみる。
そういえば何故クロちゃんはこの街に来たのだろう?
鈍感な私でも、あの時の目撃談や実際あの姿を目にした兄とデニスの怖がりようで普通ではないのはわかっている。
かわいくなってくれたからいいけれど、そもそもの理由がわからない。
単に迷子とかなのかしら。
クロちゃんとは大まかな意思の疎通が出来るし、私の指示はよく聞いてくれるけど、明確な言葉として通じるものではないので詳細はわからない。なんとなくハッキリとわかることもあるけれど、大半はペットの気持ちが伝わる飼い主みたいなものだ。
「どうしてここに来たの?」
問いかけても鼻先で私の頬にキスするだけである。かわいい。
いろいろ考える事も多いけれど、どれも答えが無いものなので諦めてクロちゃんにくっつきながらベットに広げた分厚い本に目を落とす。
最新版の貴族名鑑である。
爵位や名前など載っていて貴族の付き合いには欠かせないものだ。貴族の情報が細かく載っている。
社交界では、これを諳んじる侍従や侍女は重宝されるらしい。人の顔と名前って覚えにくいものね。
本の最初にはドラゴンが住まうリーベスヴィッセン王国の栄えあるナントカカントカと物々しい前口上が書かれており、王国の紋章に続いて王族の名前と続柄が書かれている。今回の茶会の主催者フリードリヒ王太子殿下の名前も並んでいた。
ただの少女だったら、名前を見ただけでときめいただろう。
確かに前世、子供の頃読んだ童話に心踊らせた気がする。
ガラスの靴を手がかりに女性を探したり、茨を切り開いて眠る姫に口付けをする王子。
でも今思うと彼らは没個性で魅力がなかった気がする。童話の中でさえあるのは見目好い顔と地位のみだ。
物語で重要なのは王子では無く、彼のパートナーになればお姫様になれる、それである。
誰も彼らの性格に言及することもないし、生い立ちも知らない。
記号の様な存在である。
童話のお姫様には名前があっても王子の名前は取り立てて思いつかない。少し気の毒な気がしてきた。
現実の王子はどんな感じだろう。あまりかかわりたくはないが、そんな感傷から話す機会がもしあれば、優しくしてあげようと心に決めた。




