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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第四章  シャルロッテ嬢と紡ぎの手

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188/650

188話 夢の淵です

 それは暗い深淵の縁。

 美しい糸を吐きながら淡々と巣を作る大蜘蛛。

 なんて綺麗な蜘蛛の紋様。

 この身を投じて、その蜘蛛の巣の1部になってしまいたいと思わせる程の魅力を放っている。

 するりと私の手の平に、仔山羊が顔を擦り付ける気配がする。

 肩には小鳥が止まり、その重みが温かい。

 私は、大蜘蛛が巣を張るのを眺めている。

 魅力的だが、決して足をすすめることはない。

 一緒にいてくれる子達がいるから。

 もし、あの巣に身を投じたとしても、それは大蜘蛛にとっては木の葉1枚と変わらないのだ。

 無関心。

 巣に何が掛かろうと大蜘蛛にとってはどうでもよくて、巣を作ることだけに意味があるのだ。

 深淵で淡々と機を織るように、糸を紡いで巣を作る。

 そんな大蜘蛛を見た。


 昨夜はトビアスと晩餐を共にしたものの、子供は早く寝るべきという親切な彼の方針で早々に夕食は終わり部屋へと追いやられた。

 私の旅疲れも心配していたし優しい心遣いの人なのに、その思い込みからくる強引さのせいか、その圧に少々引いてしまう。

 昨夜は蜘蛛の話をしたせいか、大きな蜘蛛の夢を見てしまった。

 それにしても器用な手さばき?で上手に巣を作っていたものである。

 一般的な蜘蛛の巣はどんなものか見てみたいと思って、その辺に巣を掛けていないかと部屋の隅や窓辺を探してみたがひとつも見ることは無かった。


「シャルロッテ様、おはようございます」

 ラーラが朝の挨拶に来る。

「そちらには、蜘蛛は出まして?」

 なんとはなしに声を掛けると、意外な返事が返ってくる。

「昨日からそこかしこにいますね。綺麗に掃除してあるのに余程ここの居心地が良いとみえる。シャルロッテ様は大丈夫でしたか?」

「私は1匹も見なかったのだけど、目が悪いのかしら?」

 ラーラは眉を顰めてみせた。

 お互いの意見に疑問を覚えた、そんな感じだ。

「聖女の効果に蜘蛛よけでもあるのかも知れませんね」

 大真面目な顔でそういうラーラに、マーサが頷いてみせる。

「そういえばこの部屋ではみなかったのに隣の続き部屋に下がった途端、小さな蜘蛛を見ましたわ。そんなこともあるのかも?」

「もしかしたら、メインの客間だけ蜘蛛避けの薬が撒かれたりしているのかもしれないわね」

 クンクンと周りの匂いを嗅いでみるが、特になにも匂っていない。

 虫に好かれたいわけではないが、何だか蜘蛛に避けられている気がして落ち着かなかった。


 書状にもあったが、フーバー子爵が多忙というのは本当の事でまだまだ年若い子爵にとって領地運営は難しいらしい。

 書面でわかる事柄ならともかく、現地に赴かなければわからない事も多いのは確かだし、一度領主代行で失敗した身として他の人任せに出来ないという理由が大きいのだろう。

 領地が落ち着いているエーベルハルト領でさえ、王都と行き来する余裕はあるものの父は書斎に籠ったり、視察に出向いたりと忙しそうなのだから子爵に至っては寝る間も惜しむ程なのかもしれない。

「あまり子爵のお邪魔をしてはいけませんわね。早々にシュピネ村へ向かった方がいいかしら?」

 私がそう言うと使用人はとんでもないと、私を引き留めた。

「トビアス様は聖女様をご自身の案内なしでシュピネ村へ向かわせることなど考えていません。時間が空くまでどうかこのままご滞在を」

 ああ、彼の事だから子供をひとりで向かわせるなんてとかなんとか言ったのかもしれない。

 実際には騎士団もいるし、ラーラとマーサもいるというのに、彼の目には子供の一人旅にみえているのだろうか。

「シャルロッテ様、せっかく素晴らしい作品がそこかしこにあるのですから、お裁縫の勉強がてら拝見することにしましょう」

 やることがない私にマーサがそう声をかけてくれた。


 壁掛け布(タペストリー)

 それは室内装飾用の織物である。

 冷たい石作りの部屋や木造の隙間風の防寒にも使われるが、実用的なものは単純な模様や2色ほどのストライプなどあまり手が込んでいないもので、一般家庭などで普及している。

 かわって貴族の館に飾られるような美術的価値があるようなものになると、宗教的場面の一幕や風景、人物などが多くの糸を使って表現されているものになる。

 ひとつひとつが手作りなので金満家にも受けが良く一定の需要がある品物であり、絵画や彫刻よりも持ち運びに気を遣うことが少ないので行商人などにも好んで扱われていた。


 昨日に引き続き、私達にはおしゃべりな使用人エマが付いていてくれている。

「シュピネ村は刺繍だけでなく紡績も扱うと聞いてますが、タペストリーも作っているとは知りませんでしたわ」

 広間に掛けられた幾枚もの作品を前にすると圧巻である。 

「この手のものは何年も掛かりますし量産が出来ませんからね。シュピネ村では仕事の片手間に趣味で作るくらいで、出来上がるとこうしてトビアス様に差し出しているんです。そういう事なので市場に出回っているものはほとんどありませんしね」

「まあ! なんて領主思いな」

 マーサも驚きの声を上げている。

 何年も手仕事をした結果を献上するなんて、中々出来ることではない。

 領民は領民なりに苦労をしているトビアスの力になろうとしているのだろう。

 受け取る時にきっと困ったように苦笑するのだろうなと、あの子爵の事を思い描いた。

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