185話 おもたせです
「それで、シャルロッテ嬢の用事というのはどういうことですか?」
シュピネ村への訪問の意は書面にしたためたのだが、私の存在に懐疑的であった彼には目に入らなかったようである。
「実は私、仔山羊基金という団体を持っておりまして、そこでシュピネ村に刺繍の仕事を任せているのです」
「あれも君の意思でしているというのかい? 頭に据え置かれているだけでなく?」
「ええ、不本意ながら聖女と呼ばれるにあたり寄付が集まりまして、そこで私が発案した商品など事業展開しているのです」
君は9歳だよね?と、また念を押されてしまった。
私が知っている子供はそう多くはないが、兄は領主の責任を幼い頃から自覚して努力していたし、王子に至っては小さいながらも王族としてふさわしく行動しているように見えるので、この世界の子供はかなり早熟だと思っていたのだ。
それに加えてハイデマリーの完璧な侯爵令嬢ぶりも目の当たりにしているので、私も早く一人前にならなくてはと思っていたが、そういうものでもないらしい。
「恥ずかしながら私は、親からも領民からも甘やかされておりまして、父が亡くなった時も親類に学院を卒業するまで領主代行は任せろと言われて、名前だけの領主だったのですよ。卒業までは一年ほどでしたから、私も快く申し出に乗ったところ、その一年で領地を好き勝手されてしまいました」
「まあ、なんてこと……」
忌むべき事だが領主教育を受けずに、棚ぼたのようにその地位についたものが陥る罠なのだ。
財産を好き勝手出来る状況に目がくらみ、領民の存在が塵クズよりも軽くなる。
領地を整え領民の為に長期に渡り使われる金が、ただ個人の欲望に一瞬で消費されるのだ。
そこにある金を死に金にするか活かすかは、領主次第なのである。
勿論、財産で豪遊などそんな状況が発覚すれば家は取り潰しで、本人は極刑である。
失われた財産で何が出来るかを考えれば、当然である。
さりとて失った資産を命で賄えるものでもないので、罪人の命の価値は無きに等しい。
それなのに横領や私物化が起こるのは、金の持つ魔力としか言えないだろう。
それに抗う方法として教育があり、得た知識と教養で領主は欲望を自制するのである。
「幸い領民のお陰で大事には至らず、領内の問題で収めることが出来ましたが、建て直しに未だ走り回る日々で」
情けないと、汗を吹き吹き笑っている。
最初の不機嫌さが嘘のようであるが、そういう事情ならば子供が大人に使われているような状況に冷静でいられないのは仕方がないというものだろう。
「良い領民に恵まれましたのね」
話を聞いていると、皿に載せられ果物とクリームで飾られた蜂蜜ナッツの蕎麦粉タルトが運ばれてきた。
「シャルロッテ様のお持たせで失礼ですが、お茶菓子はこちらにしました」
お皿の上で華やかに飾られた、私の手土産が美味しそうに輝いている。
「ほお、これはこれは」
子爵は堪らないと言うように声を上げた。
「フーバー様は甘いものがお好きと聞いて用意致しましたの。ウェルナー男爵領自慢の1品ですわ」
そう、冬越会でお目見えしたこのこのタルトは出席した者を虜にしてタルトウェルナーと名前を変えてじわじわと人気を伸ばしているのだ。
自分の家名がお菓子になってしまった訳だけれど、あの男爵なら笑って許してくれると思っている。
「はあ、君は小さいのに本当に自分の意思で動いているのだね。まるで大人のようだ。私が君くらいの頃は鼻たれの太っちょで、礼儀も全くなってなかったよ」
今でも太っちょではあるのだがね?とその太鼓腹をポンと叩いてみせた。
その腹を叩く様子が、狸の音楽家の歌のようでつい吹き出してしまう。
子爵はそれに気を良くしたのか、にこやかな顔で皿に手をつけた。
「なんて美味しいのだい!」
蜂蜜ナッツの蕎麦粉タルトをひと口食べてトビアスは叫んだ。
一瞬驚いて彼を凝視してしまったが、感情豊かな人なのだ。
年齢より少し子供っぽくあるが、感情を隠さないせいだろうか?
領民にも甘やかされたと語っていたし、周りに愛されて育った人なのだろう。
「食べ応えもあるし領民のみんなにも食べさせたいくらいだ。そうそう、私の事はトビアスと呼んで構わないよ。フーバー子爵としてはまだまだ未熟だしね」
先ほどの不機嫌で私を怖がらせたのを反省しているようである。
彼は彼なりの騎士精神を発揮して、子供を悪い大人から守るつもりだったのだ。
責めるつもりは全くないのに。
「気に入られたのならレシピを後でお贈りしますわ。蕎麦粉の普及の為にも是非皆様で楽しんで下さい」
「君は蕎麦粉の売り込みまでしているのかい? まるで商売人だね」
そう言われて思ったが、確かに私がしている事は聖女や王子の婚約者というよりは商人である。
金儲けをしようと動いている訳では無いのに、不思議なものである。




