168話 別の神様です
「地母神教との関係はどうですの?」
何だか話を聞けば聞くほど、この知らない村が心配になってきた。
どうやって地母神教と折り合っているのだろうか。
「それが改宗するように強硬に働きかけた聖教師は、みなアトラクナクア神の奇跡に当てられたそうで、地母神教はシュピネ村を諦めたと聞いてます」
「先程も奇跡とおっしゃってましたが、一体どういう事があったのですか?」
「暴力被害にあった女性の駆け込み寺になっていると説明しましたが、村に保護されてそれで終いという訳では無いのです」
私が子供のせいか、こういう話は話しづらそうだ。
「逃げ出すほどの暴力を振るう相手が、そのまま黙っているはずはありません。取り返しに来るのですよ。自分の物を」
物扱いとは、女性の地位もある程度高いはずの黒山羊様の世界でもそういうおかしな男がいるのか。
お前は俺の物だと言い聞かせ、逃げれば執拗に追って、追い詰めるのか……。
「村には護衛する人はいますの? 話だと女性が多いようですけど」
「それが奇跡といわれる由縁で、追ってきた男共は決まって大人しく、穏やかに成ってしまうそうなんです」
私はぽかんと口を開けた。
どういうことだろう?
人の性格を穏やかにする奇跡?
毒気を抜く奇跡?
「逃げ込んだ女性は危機を逃れ、追ってきた男は善人になり、村で2人で幸せな生活を始めるという話です」
「そんな事が……」
そんな事があるのだろうか?
何だかそれこそ御伽噺ではないか。
不幸な暴力から逃げて来た女達は、追ってきた男達と幸せに暮らしました、めでたしめでたしと結ばれる童話の様である。
「そんなお話を聞いてしまったら私が黒山羊様の信徒と知っていて面会と寄付だなんて、何か裏がありそうで怖いですわ」
「ああ、申し訳ない。怖がらすつもりはなかったのです。まあそうやって独立した村宗教なので、多方面からは寄付がはばかられておりまして、取り引き先の仔山羊基金になら見込めるのかと思ったのかも知れませんね」
確かに無縁であれば申し出はなかっただろう。
「相手の申し出はその2つですの?」
「どちらも検討して欲しいという要望ですが、寄付の有無はともかく面会は受けないと仔山羊商品の納入にも関わってきそうな含みはありました」
とりあえずは会って話を、ということなのか。
まあ、私と面談した事実さえあれば宗教として黙認されたと対外的には使えるのかもしれない。
「では、いつにしましょうか? そもそもシュピネ村はどちらにあるのかしら? こちらまで来ていただけますの?」
「ああ、いや向こうが面会に来るのではなく、シャルロッテ様に足を運んで欲しいそうなのです」
こういっては何だが村長が侯爵家の人間を呼びつけるということ?
それとも他になにか意味が?
私が黙って少し考えたせいか、慌てて商会長が弁解する。
「聞こえが悪かったようですね。なにも出向いて来いと言う訳ではないのです。あちらとしましてはシュピネ村を聖女様に知って欲しいという希望なのです。美しくて可愛らしい村だそうで、取引先の視察という名目で、是非招待したいと」
どうやら悪い方向にとらえてしまったようだ。
書状の一枚もあれば印象も違うだろうが、よく考えたら小さな村の村長にそこまで求めるのは酷というものか。
「なるほど、それなら腑に落ちました。取引先ならば環境は見ておきたい気持ちは私にもあります」
村自慢の村長なら、確かに自分の村を披露したいだろう。
私が立ち寄った村が観光地になるのなら、それを見込んでとも考えられる。
宗教が違えど私が無事に帰らなければ村も宗教も取り潰しは目に見えているので、何か危害を加えてくるという心配もなさそうだ。
「村の名前を上げたい野心家かもしれませんね。そういえばロンメル様のお話では、あなたは実際に訪れてはいないようですが?」
「ええ、シュピネ村は縁者以外の男性の立ち入りを禁じていましてね。私は入れて貰えないのですよ」
商会長は両手の平を上に向けて肩をひそめてみせる。
本人が直接やり取りしていないから、なんだか胡散臭く聞こえたのだろうか。
「取り引きの全てはうちの女性職員がしております。彼女達が言うには、まさに女性の為の村という事で、特産の刺繍や布をあしらった小物や衣装に、色々なおいしいお菓子の店もあるそうで人気の取り引き先なんですよ」
そう聞けば興味も沸いてくるというものだ。
おいしいお菓子に可愛い小物を見ながら村散歩。
ウェルナー男爵領ですっかり村の魅力に取り憑かれた私は出向いても良いような気がしてきた。
今回は自宅から出発なのでお目付け役としてマーサがいるし、女性護衛官のラーラもいる。
騎士団には村の周りで待機してもらえばいいし、女性ばかりの村なら変な勘繰りもされないだろう。
懸念すべきは宗教と奇跡についてくらいか。
「先程、地母神教の聖教師が奇跡に充てられたとおっしゃってましたが、実際にはどういうことなのですか?」
それを問うと少々気まずい笑みを漏らした。
「元々穏やかな聖教師は話し合いだけして、そのまま普通に戻ったのですが、他の神を認めない強硬派の聖教師が乗り込んだ時は、奇跡を受けて地母神教を辞めてアトラクナクア教に帰依してしまったそうです」
私は絶句してしまった。
それはとんでもなく物騒な話ではないか。
一体何があったというのだ。




