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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第四章  シャルロッテ嬢と紡ぎの手

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166話 見本です

 庭には緑が勢いを伸ばして眩しい日差しが、夏の到来を告げていた。

 カントリーハウスにロンメル商会の会長が来たのはそんな初夏の頃だ。

「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」

 彼は恭しく挨拶をすると、いつもの何でも出てきそうな仕事鞄から書類を取り出す。

 あれから商会長は、定期的に私に仔山羊基金や商品展開の諸々の報告を上げに足を運んでくれているのだ。

 どうも彼は、私を金の成る木だと思っている節がある。

 それはおいておいて、彼のフットワークの軽さは特筆すべきことだろう。

 ウェルナー男爵領へも何度となく顔を出しているようだ。

 現場主義というのか、自分で見て確かめたい人なのだろう。

 他に商品の買い付けや商談にも飛び回っているのに、いつ休むのかと見ていて不思議になってくる。


「今回は、ウェルナー男爵領の案内本の見本をお持ち致しました」

 テーブルの上に置かれたのは、B5版サイズの冊子である。

 重さも気になる程では無いし、手に持っても邪魔にならないサイズだ。

「まあ、こんなにちゃんとした冊子本にして頂けるなんて」

 表紙には、奇岩の並ぶスケッチに黄衣の王の印が印刷されて、「聖女の旅案内『ウェルナー男爵領編』」と大きく文字が入れられている。

 この恥ずかしい題名は商会長の提案だ。

 私としては自分の存在を前に出す予定は無かったのだが「聖女」の名前の効果をこんこんと演説されて私が折れたのだ。

 彼の金儲けへの情熱は岩をも穿いてしまいそうである。


 表紙をめくると次はそのまま見開きで、王都から霊峰山脈までの簡易地図になっている。

 私の使った街道がピンクの太線で描かれて、泊まった場所の名前が記入されている。

 ピンクの線以外にも村や街の名前が書かれているのだが、それもロンメルは商売にしてしまった。

 私が通過した場所は無料で、立ち寄らなかった場所は有料で名前を載せたのだ。

 聖女様の本に名前を載せたくありませんかと、言葉巧みに貴族に近寄り虚栄心をくすぐりながら大金をせしめてしまった。

 名前を売りたい貴族には、持ってこいの話だったのだろう。

 なんと地図に名前を載せる権利を売るだけで、この本に掛かる費用は全て賄えてしまった程だ。

 無料で載せた主要の街や村には既にロンメルにより聖女立ち寄り所の土産物屋が作られているそうで、そちらで利益を見込むのだろう。

 ピンク色の街道は私の旅程という事もあるのだが、それはロンメル商会の男爵領までの流通経路でもある。

 旅行者が増えればそれだけ全行程で物が売れ、道はより整備され行き来が楽になるのだ。

 実質、案内本を口実にした自社の流通経路の強化である。

 商会長に勧められて裏表紙からめくると、こちらは見開きの男爵領の簡易地図になっていた。

 簡略化された地図には境石に奇岩や教会、村の店や景色の良い場所、そして聖女館と祠のイラストが描き込まれている。

 これを手に歩けば案内人を付けずとも、楽しめると言うものだ。

「今、話題のアインホルン様のスケッチを使うなどとシャルロッテ様もやりますね」

 元々、絵をかける人にツテが無いので、これ幸いにと既にある学者のスケッチを流用しただけなのだが、商会長にはこれも販売戦略に見えている様だ。

 他の頁も見てみる。

 特産品や料理、風土などどれも大きなイラストと見出しと数字でわかりやすく簡単な説明をしている。

 識字率が低いので、文字に頼るよりそちらにしたのだ。

 ある程度の都会の人間ならば、簡単な単語や市場で数字だけは見慣れているので、読めるはずだ。

 短い文章なら人に尋ねやすくもあるし、そうやって文字へのハードルを下げる事にした。

 冊子の中心の頁は白紙になっているのだが、これは案内本の中に出てきた各店舗で本を見せると一度割引が受けられるものだ。

 割り引いた店はその店のスタンプを白紙部分に押し、割引の記録とする。

 いわゆるクーポンと、観光地のスタンプ集めを同時にするということだ。

 クーポンで買い物という概念はまだこちらにはないらしく、商会長にはかなり感心されてしまった。


「先月も男爵領に行かれたのですよね? どのような様子でしたか?」

 私は本のスケッチに思い出を呼び起こされながら、商会長に質問した。

「皆様お元気にしてらっしゃいましたよ。工場の方も順調に完成して、今は商会の宿舎に取り掛かっています」

「まあ! もう、そんな所まで」

「宿舎と一緒に旅行者用の宿泊施設も建てることにしました。聖女館のみでは案内本が出版されて旅行者が殺到したらさばけませんからね」

 取らぬ狸の皮算用とならないと良いのだが、きっとこの商会長の事だ。

 案内本が不発に終わっても、力技で利益が出るまで集客しそうな気がする。

「今回、新しく煉瓦窯も作りましたので、今後の建築はお任せを。なんなら聖女館を2階建てにしてしまいましょうか」

 さすが老舗商会は、いうことも豪快である。

 煉瓦が珍しい土地だったから、窯が出来るのは喜ばしいことだろう。

 領主館も色々補修が必要そうだったので、これを機にきちんと手を入れるのも良い。

 そう思いを馳せながらページを繰ると、並んだ案山子のスケッチが目に入る。

 酷寒で色々と物事が滞ったが、ようやく本が完成したのは喜ばしい。

 今年は白綿虫も少ないようだし、おしろさんも次に現れるのは何年も先になるだろう。

 当分は、村おこしに男爵も専念出来るのではないだろうか。

 次にあの土地に行けるのはいつだろう。

 その時には人も増えて賑わっていることだろう。

 今からそれが楽しみである。

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