163話 休憩室です
人に囲まれすぎるのも問題で、王子に連れられてバルコニーで軽食をとることになった。
テーブルの上には会場の料理が、すべて小さな皿に盛りつけられ並べられている。
先ほどは食事が出来ないと恨めしく思ったが、ちゃんと別に用意してあるなら最初に言ってくれたらよかったのに。
「この冬は蕎麦粉が大活躍だったね。君が連れて行った料理人のダリルが簡単な蕎麦粉のパンなどのレシピを公開してくれたお陰で、他の穀物の収穫が落ちてもまかなうことが出来たよ。早めに対策が取れて穀物の余剰分を安く販売するのも止める事が出来たし、国庫の備蓄の流出を防げたのは本当に良かった」
例年ならば国庫に集められ保管したものの、使用されずに古くなった穀物は国内の市場や周辺諸国安価に卸されるのだが、それを止められたのがかなり大きかったようだ。
味が多少悪くなろうが、糧となるのならば問題はないのだ。
今回のパーティの料理も、春になり闊歩しだした魔獣の肉を主役にはしているものの、冬を越したのを祝う会だけにテーブルに並ぶのは蕎麦粉料理や保存食を上手く加工した庶民よりのものであったりしていた。
実際にこの様な料理が庶民に手が出せるかは別として、いつもより少々庶民じみた料理は厳冬に苦心した庶民の心に寄り添う意味もあるらしい。
前回の婚約披露のパーティと比べると少々質素で華やかさにかけているが、会の趣旨から考えればさもありなんである。
「難しい事はわかりませんが、無事に春を迎えてほっとしました。ひとつの季節を越す事がこんなに大変だなんて思いませんでしたもの」
「各地に被害は出ているけれど、それは通常の冬でもあることだからね。食べるものは足りてもやはり燃料が確保出来ないせいで凍死の被害の方はどうにもならなかったけれど、それでも大半が無事であったことを喜ぶしかない」
少々歯切れの悪い言い方で王子は遠くを見て黙祷をしている。
全部の国民は守れない。
当然の事だが、まだ理想に満ちた年若い彼にはことさら辛い事なのだろう。
領主を労うせっかくの冬越会で、暗い顔は出来ないのだ。
せめて今だけは、思うまま亡くなった国民に思いを馳せても罰はあたるまい。
私も目を閉じ、手を組んで黒山羊様に亡くなった人たちの安寧を祈った。
「私の感傷に君まで付き合わせてしまったね」
目を開けると王子が私の顔を覗き込んでいた。
「こういう時は目をそらすものですわ」
私が小さく抗議すると、王子は笑ってごまかした。
「そうそう、聞こうと思っていたのだけど、どうやってアインホルンを変身させたのだい?」
私が床屋外科に黙って連れていったことや、外科室に怯えた学者の事などを食事を楽しみながら説明する。
「私もその様子を是非見たかったな」
惜しいものを見逃したと、残念そうである。
確かにあれは見ものであった。
「それはもう切った髪が雪の様につもったんです」
「雪と言えば、ウェルナー男爵は残念だったね。雪が深すぎてこちらへ出て来れないなんて。ある意味彼のお陰で今回の事は上手くいったというのに」
そう、おしろさんが居座る霊峰山脈地方は記録に残る積雪で、どうにか冬を越したというのにまだ雪解けを迎えていなかったのだ。
途中の道も安全の為に閉鎖されてしまい、せっかくの会というのに欠席である。
あの地方は毎年一番遅く春が来るとも言われているので、あちらに合わせると王都は初夏に入ってしまうし、こればかりは仕方がないことだ。
国王の挨拶にも、ウェルナー男爵の行動がなければ今回の冷害の発覚が遅れていただろうと言及されていたので、彼の評判も上がった事だろう。
「うん、このタルトはすごくいいね」
蕎麦粉の蜂蜜ナッツのタルトを食べながら、王子は感心している。
「そうでしょう! コリンナと私のお墨付きですのよ? ずっしりしてナッツと蜂蜜で栄養も万全ですしまた食べることが出来てうれしいです!」
残念ながら今日はコリンナは来ていないので、後でクルツ伯爵を見つけてお土産で持って行ってもらおうか。
「これ、お土産に出来ますでしょうか? コリンナは食べたがると思うのです」
私がそう言うと、王子が笑いながら許可をくれる。
「君は侯爵令嬢なのにそういうところ、何なのだろうね。気に入ったら『料理人を寄越してちょうだい』とか平然と指示したりする人もいるというのに。余る物だし君からのお土産ということで包ませてクルツ伯爵に持たせようか」
そういうと王子は使用人にすぐさま指示を出している。
そうか、お嬢様は残り物を欲しいとは言わずに、新しく自分のところで作らせるものらしい。
タッパに詰めて持ち帰るなどは言語道断なのはわかるけれど、こういうところが中々上手く出来ない。
だけど料理人を寄越せというのはかなり横暴な話だし、わがままな振る舞いであるような気がする。
そうすると正解の行動はどういうものなのだろう?
レシピを下さいくらいがいいのかもしれない。
「ありがとうございます。では我が侯爵家でも作れるようにレシピを頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも。そちらは侯爵家の使用人に渡しておくよ」
今度はなにも言われなかったので合格なのかもしれない。
ほっと一安心した。




