162話 功労です
開幕の挨拶は主催者の国王である。
冬と戦った領主達に労いの言葉をかけ、いかに厳しい冬であったか話をした。
その後にこの冷害を予見したとして、学者と私の名が呼ばれる。
先だって、各方面に働き掛けた王子もその功績を讃えられることになる。
エスコート役の王子の手を取り玉座の前へ出るが、今回の主役は変身を遂げた学者だ。
社交界を避けてきた学者にとって、ほとんどの貴族は初お目見えとなるわけだが、学会の面々は普段の彼を知っているだけあって、ぽかんと口を開けている。
壇上からだとそれが良く見えた。
普段の彼のだらしない外見から、その名を貶めようとする輩たちの目論見は見事空振りしたのである。
歓談中に散々悪口を触れ回った同業者達は面目を失い、吹き込まれた貴族はきちんとした身なりの学者を見てより印象を良くしたことだろう。
こざっぱりした髪型に髭まで無くなった学者に、王子も驚いたようだ。
まるで別人なのだから仕方ない。
「一体、何があって彼はこんなに変身したのだい?」
実は驚かせたくてあれから王子には、今日まで学者と顔を合わせないようにしたのだ。
平静を装ってはいるが、案の定目を丸くしている。
私の顔は自分の仕事に満足した職人の様に、得意げになっていただろう。
「黄衣の王の魔法かもしれませんわ」
「君の仕業なんだろう?」
正式の場でひそひそと笑いながら王子と言葉を交わす。
そんな私達を見て、国王が優し気に目を細めた気がした。
この冬を越せたのは彼らのお陰とか何とか、難しい言葉を交えて褒めてもらう。
今回被害を抑えられた功績は国王でなく、早くから動いた王子の名のものに行われたと宣言されることで国内の名声があがることになった。
私は男爵領の問題の調停と冷害の予見をした事になっていて、褒賞は仔山羊基金に入れてもらうことでまた資金を確保していく。
学者はというと本人は興味無さげだが、勲章が贈られ学会でのある程度の地位が保証される事となった。
これで彼の研究が、今後潰されたり無視される事は無くなるだろう。
もうひとつ、王立見聞隊の顧問の立場につくことも決められ、これには各方面から驚きの声が上がった。
王立見聞隊は専門家の意見をその都度取り入れることはあっても、顧問として1人の学者を受け入れた事はないのだ。
これによりギルベルトは王宮への出入りが自由になるそうだ。
もしかすると表面に出ないだけで神話生物の案件は私達が思うより、多いのかも知れない。
ヨゼフィーネ夫人が目元の涙をハンカチで拭っている姿が、目の端にみえた。
今まで報われなかった我が子の晴れ舞台なのだから、感動もひとしおなのだろう。
子供が好きな事を仕事に出来て、それだけで幸せだとは言っていたが、やはり功績を上げるに越したことはない。
明るく語っていたが、口うるさい周囲から学者の事で散々嫌味を言われ、下位の貴族からも軽んじられてきただろう。
堅苦しい固定観念の親戚などいたら、尚更だ。
身なりをきちんとして、こうして国に認められたことは彼女への何よりの親孝行なのではないかと、私も少し涙ぐんでしまった。
それに気付いてか、そっとハンカチを王子が渡してくれる。
黙って差し出してくれるのが優しい。
ハンカチを受け取ってそっと目元を押さえて、つい感極まって口にしてしまった。
「だらしのなかったギル様の立派な姿を見て、私、その成長に感動してしまいましたわ」
「君はギルベルト・アインホルンの母親か何かかい?」
しまった。
言葉の選び方が悪かったか。
私の発言に王子が笑いに震えている。
拗ねた顔をして見せようとしたが、手にしたハンカチに仔山羊の刺繍を見て脱力してしまった。
これは私が刺したハンカチでは無いので、ロンメル商会が売り出している雑貨のひとつだ。
ロンメルが王子に献上したのだろう……。
この不意打ちに涙が引っ込み、顔が引きつってしまった。
表彰が終わり、後は立食パーティーである。
私は王子と共に挨拶の波にもまれ、なかなか食事にありつけない。
食べ盛りの子供に食事の隙を与えないとは何としたことか。
学者も伯爵家の家族と共に、人の輪の中心になって目を白黒させているのが見える。
当分、彼は今までさぼってきた貴族付き合いのツケを払う事になるのだろう。
身綺麗にしたのだから、もしかすると縁談も持ち込まれるのでは無いか?
救国の学者の妻になりたがる女性は多そうである。
今まであの身なりでは寄ってくる女性もいなかっただろうし、婚約者の話も聞かないのできっと自由な身なのだろう。
地位と名声が手に入ったのだから女性にとっては優良物件ではないか。
現に何人もの貴族が娘を連れて、紹介しているようだ。
学会から無視されていたのが改善したと思ったら、次は結婚市場で品定めされるとは何とも気の毒な話である。
気の合う女性を見つけられたら良いのだけど、結婚するとなると彼を気に入っていたケイテは悲しむかしら?
少女の淡い恋が破れるのは可哀想だけども、初恋は実らないと言うし……。
自分を振り返って同情してしまった。
「シャルロッテ、少し休もうか」
ぼんやりそんな事を考えていた私を、王子が連れ出してくれた。
ケイテの恋心に思いを馳せていた様子が、疲れて見えたのかもしれない。




