161話 開会です
冬越会は盛大に行われた。
厳しい冬を越えた喜びと、新しい春を迎える期待は格別のもののようだ。
貴族の館で閉じこもっていた私のような子供には、実際、現実に何が起こっていたのかは窺い知る事は出来ないが、開会前の雑談の合間にも何処では何人死んだやらと、物騒な話が漏れ聞こえたことから万全に準備をしても死人が出ていたのは確かである。
冬将軍と言う言葉を聞いた事があるが、まさに人と季節との戦いなのだ。
ひと冬を越える事がこんなに大変である事は温室育ちの今までの私には知らない事であったが、外に出るようになって少しずつ現実を知り、黒山羊様の世界であっても綺麗事だけでは無いのをヒシヒシと感じる。
ホールには美しいドレスの貴婦人の群れとシワのないスーツに身を包んだ紳士達が笑いあっている。
今は優雅な衣服に身を包んだ彼らも、寒波に襲われる領地を守る為に走り回り、目に隈を作っていたかも知れない。
それを思うと、こうして王宮に集まって慰労会をするのは一つの区切りとしても悪くないように思えた。
「アインホルンの三男坊が研究職についていたとは聞いた事がなかったよ」
「こんな功績を上げる人物が、今まで無名とは不思議だね」
「いやはやお手柄だよ。無策であの酷寒に挑まなくてすんだのは僥倖だ」
両親に連れられた私の耳に、育ちの良さそうな貴族達がさっそく学者についての話をしているのが届く。
「学院の成績は悪くはありませんでしたけどね、人付き合いもしない身繕いもしない変わり者ですよ、あれは。今回は上手いこと冷害に乗っかって昔の論文を評価されただけで運が良かったのでしょうね。それより私の研究室の壁に新しく絵画を……」
学者と同じ年頃の出席者が、媚びを売るように貴族に取り入っている。
他にも何人か不服そうな顔の輩をみるに、学会からも何人か招待されているようだ。
彼らはせっせと周りにギルベルトの悪口を吹き込んでは、自分の方が上等であると売り込んでいる。
周りも話題の人物の話を聞きたいので、ふんふんと頷いて彼らの饒舌を促していた。
「聖女様はお小さいから、礼儀にも身なりにも寛容なんでしょうね。取り立てていい人間と悪い人間の区別がつかないでいらっしゃる。変人を社交界でお披露目とは品位を軽んじるにもほどがありますよ」
舌がよく回るようで熱弁を振るっている。
自身の言葉に鼓舞されたのか、歯止めが効かなくなっているようだ。
「お言葉ですけど」
私は背筋を伸ばして優雅な足取りで、悪態をついている男の前に出た。
「このような場で人を貶めるような方には私は魅力を感じませんし、不愉快な話を延々と周りの耳に入れている行為こそ礼儀がなっていないのではないでしょうか? このように物の分別はついておりますので心配は無用ですわ」
男の顔がサッと青くなり、皆が避けるように身を引いたので彼の周りだけがぽっかりと空間があいた。
「あ……。シャルロッテ様、これは、私は」
あたふたとして、突然の私の登場に二の句がつげないらしい。
「私はいつあなたに名前を呼ぶことを許したのかしら? ええ、でも無作法に寛容ですので咎めたりいたしませんわ。私の世間知らずを心配下さったのですよね? お優しい方。ただ、私、このように小さいので大人の視界に入らない事も多いと思いますの。だから出来たら噂話は気をつけて頂きたいものですわ。実は後ろで、全部聞いていたなんてお互い気まずいでしょう?」
にっこり笑って、暗にどこでも話は耳に入るからなと告げると、男は身を縮めてますます言葉を無くしてしまった。
「それにしてもアインホルン様にあなたの様な立派な、お言葉の立つ同僚がいらっしゃるとは思いませんでしたわ。あの方は少々浮世離れしていらっしゃいますので、今後気にかけて差し上げて下さいます?」
「え……、あ、はい」
しどろもどろに返事をしているが、私が咎めない事に安堵した様子だ。
きっと私が子供だから気にしていないとでも思っているに違いない。
「アインホルン様は誤解されやすい方ですが、今回の冷害を事前に予見した論文は3年前のものですし、新たに改稿された論文もすばらしいもので能力は確かなものですわ。あなたのようなお優しい方がついてご助言下さるなら、きっと今後はアインホルン様も正当に評価を受ける事が出来そうですね」
私は周りに言い聞かすように、ぐるりと見渡しながらそう言った。
きっとこの男は、今後不本意でも学者の手助けをする事になるだろう。
口約束ではあるが侯爵家の令嬢、しかも王子の婚約者と社交の場、しかも王宮のパーティでそのようなやり取りをしてしまったのだ。
すぐにも会場中に話は伝わり、これから実際には誰も見ていなくともどこかで監視されてると本人は思うことだろう。
火消しをしてギルベルトに良くしていることを周囲に示さなければ、自分の立場が危ういことも身分に鼻の利くこの男にはわかる事だろう。
不用意な事を人前で言うからこうなるのだ。
まったく口は災いの元とは良く言ったものだ。
「期待しておりますわ」
駄目押しの一言を、極上の笑顔を添えて送っておいた。




