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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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159話 外科室です

「これはさぞかし手強かったでしょう」

 医師はあらためて学者を見てから、気の毒そうに夫人へ語りかけた。

「たまにいますがね。ほうほう、学者さんですか。冬越会で褒賞を? それは尚更ほおっては置けませんな」

 医師はにっこりと笑うと最後にしゅるりとギルの首に白い大きな布を巻く。

「いいからあなたはおとなしくしていらっしゃいな」

 説明を求める学者を夫人が諫める。

「私との約束ですよ? いう通りにして下さいね」

「さあ学者さん、動かないで下さいよ。手がすべって喉元をぱっくりと裂いてしまっては元も子もない」

 シャキンと切れ味のよさげな音を立てて医師が鋏を構えると、学者の顔は真っ青になった。


 外科室の中には医師の軽快な鼻歌が流れ、床には切り落とされた白い髪が散らばる。

「こんな風体で王宮のパーティに出ようなんて、ご婦人方が困るのは仕方ないですよ」

 呆れた様に医師がそういいながら、ザクザクとその髪を切っている。

 顔にはしゃぼんが塗られ、髭も綺麗にそられている。

「一体いつからこんな無精を? 兵士にも多いですが上官が結構身なりにうるさいですから、ましなんですがね、ここまで無頓着な人は珍しい」

「学院に入ってからは、もうすっかり理髪師に触らせてくれなくなってしまって……」

「ああ、髪を切る必要性を感じないのですかな? その時間を勉強に充てたいというのはわからないでもない」

 大きな白い布をつけられ、てるてる坊主になった言葉の出ない学者を囲んで医師と夫人が頷きながら雑談をしている。

 そう、私がねだったのはギルバートの身づくろいである。

 さすが王宮は広いだけあって色々な人材がいるが、専属の理髪師は不在にしていたので軍部の練兵場に詰める外科医師にお願いをしたのだ。

 彼らは骨を接いだり、皮膚をぬったりすると共に無精な軍人たちの散髪も担当している。

 今でこそ分業になっているが、昔は外科医が散髪や抜歯なども兼ねていたのでその名残りであろう。

 俗にいう床屋外科である。

「流行りの髪型とは行かないがこれはこれでいいでしょう? ご婦人方いかがでしょう?」

 医師がぱぱっと学者の顔にかかった髪を羽箒で落として、私達に学者の出来上がりを披露した。

 そこにはボサボサ頭の無精な学者ではなく、こざっぱりとした青年が座っていた。

「実は……、お若かったのですね」

 詩人の同級生なのはわかっていたのだが、その出で立ちからどうにも中年の印象が強かったので私は失礼な事を言ってしまう。

 軍属によく見られるスッキリした短髪は、医師の一番得意な髪型なのだろう。

 短くなった髪はこざっぱりと刈られ、髭に覆われ輪郭がわからなかった顔形は思ったよりもシャープな曲線を描いている。

 今まで見ることが出来なかった彼の目は(はしばみ)色で、優しい目元が印象的であった。

 不安げに結ばれた薄い唇が今の彼の心情を表していたが、これは上々と言っていいだろう。

「ああ、あなた本当にギルベルトなのね」

 夫人がおかしな表現をしたが、何年も素顔を見る事はなかったのだ。

 あの無精な出で立ちでは、別の人間と変わっていてもおかしくはない。

 久しぶりに日の目を見た素顔は、母親の彼女にとって子供の頃の面影そのままなのかもしれない。

 埋もれた学者の素顔を掘り出した興奮に、夫人と私は手を取り合ってきゃあきゃあと外科室に似つかわしくない声を上げる。

 医師は寛容なようで優しい眼差しを私達に向けていた。

 さすがに気持ちがわかるのだろう。

 毛刈りを放棄した羊の様な白い塊が、ちゃんとした人間に戻ったのだから。

「シャルロッテ様、ありがとうございます。こんな日がくるなんて夢みたいですわ」

 感動のあまりか、夫人の目には涙が滲んでいる。

 そうでしょう、そうでしょうとも。

 雪男のような息子が立派な青年の出で立ちに変身したなんて、私が母親なら五体投地してしまうかも。

「功績を認められるだけでも素晴らしいことなのに、あまつさえ諦めていた外見もこんな立派に整えてもらうなんて、私はなんと感謝すればいいか……」

「私が髭の無いすっきりしたギル様を見てみたかったのですわ。だからお気になさらないで」

 夫人の様子に今にも気絶してしまわないか、ハラハラ心配してしまう。

 まあ、倒れてもここは医師のいる場所なのだから、安心ではあるのだけれど。


「ようやくあなたの顔を見れましたわ。ギル様」

 私はにっこりと、てるてる坊主の学者に話かける。

 ここは外科室なので、大きな鏡は無い。

 学者自身はまだ自分を見ていないのだが、とりあえず施術が終わったのがわかって安心した様子だ。

「前髪が短いとこんなに楽なものだとは思いませんでしたよ。いやあ何事もやってみるものですね」

 のんきな口調に、少々小言が言いたくなる。

「散髪の利点を知っていただいて喜ばしいことですわ。ギル様、それはともかくもういい大人なのだから身なりはちゃんとするものです。ご両親がお優しいからといって甘えてあのような格好で過ごすのは今後無しですよ?」

 ぴしゃりと言うと、学者は身を縮こませた。

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