157話 冬越しです
蓋を開けてみるとその年の冷害はかなり深刻なもので100年に1度あるかないかの規模であったという。
気候として特に寒さが厳しい年であり、おしろさんがいなくてもある程度の冷害は起きたと思われる。
運が悪い事に冷気をもたらす神話生物の存在がそれをより深刻にしてしまったようだ。
周辺諸国もこの冬を乗り越えるのに苦労したらしく、前もって十分な準備に入れた王国は幸運であったというしかない。
降雪も多く、雪を見ているとあの霊峰山脈からこのエーベルハルト領までおしろさんが私を追って来てしまったのでは無いかと想像してしまった程だ。
雪に閉じ込められたような冬を私達は肩を寄せあって過ごして、春を迎えた頃、王宮から一通の召喚状が届いた。
「『冬越会』?」
「厳冬で新年会も何も無くなってしまったでしょ? その代わりに厳しい冬を越した慰労会を集まってしましょうってことね」
カントリーハウスのサロンで母が、侯爵家当ての冬越会の招待状を眺めながらそう言った。
貴族というものは、定期的にパーティなどで顔を合わせて関係を維持するのが大事なのだそうだ。
なるほど、冷害に向けてそれどころでなかったのだから、無事に冬を越せた事を祝うのは心情的にも立場的にもおかしなことではない。
問題は私宛にきた「召喚状」である。
「シャルロッテは『お客様』でも『主催者』でも無いって事よ。冷害を予言したということで褒賞が出されるのではないかしら?」
こともなげに言われたが、国から褒賞なんてとんでもない。
私がした事と言えば、ウェルナー男爵領で過ごしただけなのだから。
「予言だなんて、大体ギル様がいらっしゃらなかったらわからないことでしたのに。どうすればこれを断る事が出来ますか?」
「うーん、断るのは難しいと思うわよ? 王宮もだけど教会からも後押しされているのではないかしら? もちろんアインホルン様も褒賞の対象なのだし二人でもらっておきなさい」
母の言い方だと辞退は出来そうにない。
王太子殿下の婚約者としても、教会にとっても聖女の予言として流布されれば、それだけ彼らの威厳に繋がるのだろう。
ちょうどいい箔付けということか。
お焼きを布教しましたとかの褒美なら喜んでもらうのだけれども、学者の研究ありきではなかなか肩身が狭い。
王宮としては私の功績が上がればそれは王子の評判にも繋がるし、教会としては私の逸話が増えるほど都合がいいのだろう。
「越冬会のドレスはどの色がいいかしら? シャルロッテは希望はある?」
母は暢気そうにそう言った。
すっかり春めいて新緑も眩しい頃、越冬会の為に私は王都へと足を運んだ。
功労者ということで早めに王宮に参殿するように伝えられ、結局またもや貴賓室暮らしだ。
部屋は、私がウェルナー男爵領に向かった時のままにしてあるので勝手知ったるというところだ。
書類に署名をしたり挨拶周りや教会の祭祀に参加したりと、王宮にいたらいたで予定が入ってくるので、なかなか王都での観光は出来ない。
「いやあ、参りましたね」
貴賓室に学者がアインホルン親子が顔を出しに寄ってくれている。
学者も功労を受けるので、王宮に部屋を宛がわれていた。
「なんというか、私の埋もれていた論文まで日の目を見ることになっただけでもありがたいというのに、こう注目されると居心地が悪いというかなんというか。全部お嬢さんのお陰なのだし」
相変わらず仕立ての良い紳士服にボサボサ頭でそう言っている彼は、本当に困っているようだ。
まあ学会からしても爪弾き者が脚光を浴びるなど、反発も大きそうである。
それを本人もわかっているのだろう。
「僕は研究が続けられればいいだけなのだけどな。そりゃあ、その結果が人々の役に立ったり、知識の一旦を担えればそれに越した事はないけど、こういう華やかなことはねえ」
最近では功績を知ったあちらこちらからご機嫌伺いの書状なども届くようになったらしい。
静かに研究に没頭したい彼にとっては、この雑音はいらないものなのだろう。
「私こそ辞退したいですわ。ギル様の研究あってこそなのに何故私までこんなことに……」
誇らしい事のはずなのに、何故か私達は憂鬱な面持ちで手柄をブツブツと愚痴りながら押し付け合っている。
「あらあら、栄誉な事だというのに、主役2人がこんな様子では先が思いやられますわね」
夫人がころころと笑い声を上げてから、立ち上がって私に向き直った。
「うちの変わり者がこの様な栄誉に与れるのはシャルロッテ様のお陰ですわ。あなたがいなければこの子の論文も捨て置かれ、この国はこの冷害にかつてない打撃を受けた事でしょう。国民として親として感謝いたしております」
そう深々とお辞儀をする。
こんな子供に礼をとるなど、なんとしたことか。
「そのような事はおやめください」
慌てて私も立ち上がって止めようとすると、夫人はぴしゃりと駄目出しをした。
「シャルロッテ様。そこは悠然と構えて『お気になさらず』やら『構わなくてよ』とでも笑っていうところですわ。貴女といいコリンナ様といい、どうも貴族らしからぬところがございますわね。特に貴女は王太子殿下の婚約者なのだからもっと尊大にするくらいがちょうどいいと思いますわ」
ふう、とため息をついている。
どうも村での生活のせいか、生来の庶民感覚が邪魔するのか貴族らしくするのが苦手である。
前にもロンメル商会長にも指摘されたが、私の良しとすることは場所を変えれば間違いなのだ。
これは前世で培われたものなのでなかなか難しい問題なのである。
この日は淑女の心構えをヨゼフィーネ夫人に講義され、巻き添えを食った学者には申し訳ないことになってしまった。




