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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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153/650

153話 別れです

「聖女様、こちらへ」

 男爵に促されて聖女館の横へ回るとそこにはあの祠が鎮座している。

 祠の屋根にはビーちゃんが居座って胸を張っているような仕草だ。

 綺麗に埃を払われ洗浄されたのか祠の岩肌は明るくなっている。

 その正面には新しく木で扉も作られて取り付けられていた。

「巨石の方に奉ろうかとも思ったのですが、やはり聖女様の象徴である聖女館の横が相応しいと思いこちらに設置したのです」

 祠の前にはケイテとリンディによるものか、子供の手で作られたと思わしき花束が備えてある。

 この土地の来歴が明らかになり、1度消えたと思われる信仰の根源は再びここへ戻って来たのだ。

 ビーちゃんの過ごした孤独な時間を思い、もう一度この子が人に囲まれ信者を見守る幸せを手に入れたと思うと目に涙が溢れてくる。

 良かった、この子は幸せだ。

「ここでさよならね。ビーちゃん」

 口に出すと声は震えてしまった。

 それを聞くと黄色い小鳥は驚いた様に声を上げて抗議する。

「え? ビーちゃんはここに残らないの?」

 そう聞くと肯定の鳴き声を上げる。

 一緒に来てくれるのか。

 思えば私の一生など、この小鳥にしたら瞬きくらいの間なのかもしれない。

 愛らしく賢いこの子と一緒にいられることを喜ぼう。

「とても綺麗にして下さったのですね。感謝致します」

「アインホルン先生が言うには、元々この土地の人間が流れた先で作った祠らしいですからね。里帰りと言いますか、せっかくここへ帰って来たのですからとびきり綺麗にしてもらいました」

 この土地で育まれた信仰が、外の土地へ出てまた帰ってくる。

 太古の昔からそうやって人によって繋がれた思いは、消え去る前にこうして石に刻まれ今に繋がったのだ。

 なんという幸運である事か。


 ヨゼフィーネ夫人とコリンナは、村の子供達と別れの挨拶をしている。

 コリンナは子供に教える事で自信がついたようで、すっかり一人前の顔になっている。

 学者はケイテとリンディに泣かれてしまい、困っている様子だ。

 アインホルン親子は本当に子供に好かれる。

「私の思慮浅い行動のせいで、ここまで足を運んでいただき感謝にたえません。だけれどそれは間違いではなかった。あなたのお陰で我が領地はすべて変わったのだから」

 男爵は拳を握り、自分の胸を抑えた。

「本当に、本当に心よりの感謝を」

 そう絞り出すように言うと、ひと息つく。

 彼なりに色々伝えたいのだろうけど、長くなりそうなので割愛したようだ。

 そういう気遣いがこの人らしい。

「次は蕎麦の花が咲く頃いらして下さい。それは見事な白い花の絨毯が見られますよ。ただし匂いは厠のようなのですがね」

 後半は冗談なのかと思ったが、この男爵はそんな事を口にしないだろう。

 本当にトイレのような匂いがするに違いない。

 見たいような見たくないような微妙な気持ちにさせられる。

 そんな情報は言わない方がいいのに、人が良いというかなんというか。

「そうそう、蕎麦の花の花言葉はご存知ですか?『幸運』なのですよ」

 男爵の話に私は言葉を失う。


 幸せはいつもあなたのそばに


 黄衣の王の教えである。

 花を通しても、その教えを訴えていたのかもしれない。

 咲き誇る幸運の花が風に揺れて、いつもあなたの横にいると「幸運」は囁き掛けている。

 自分の持つ幸せに気付かず人を羨んでは、誰1人幸せになれない。

 人は手の平に持っている幸運に鈍感で無頓着であり、いつも自分の持ってないものを指折り数えて嘆いてしまう。

 その手にしている幸せを自覚し大事にしなさいと、黄衣の王に言われたような気持ちになった。


 ひとしきり別れを終えて、騎士団の護衛を従えて馬車は出発する。

 こんなに離れ難くなるなんて、思ってもいなかった。

 窓の外を覗くと雪を被った霊峰山脈が見える。

 巨石の間におしろさんを見た気がしたが、それは私の感傷がそうさせたのか本当にそこにいたのかはよく分からなかった。

 こうしてウェルナー男爵領の不審死事件は解決とは言えないかもしれないが、神話生物との共存をすることで幕を閉じたのだ。


 帰路は概ね順調で、毎日詩人が私の馬車に乗りたがるのを止める騎士団の面々という構図が出来上がっていた。

 無論、独身の詩人が未婚の女性のみの馬車に乗るのは無作法とされる事である。

 さすがにヨゼフィーネ夫人もそれを良しとしなかったようで、思い出話をしましょうとか旧友同士つもる話もあるでしょうと、やんわりと彼を牽制して学者のいる自分の馬車に連れていってくれた。

 どうやら子供時分から知っている夫人には、詩人も頭が上がらないようである。

 ほとんどの貴婦人は詩人の甘いマスクと声にうっとりしてしまうので、私のお目付け役としてヨゼフィーネ夫人はこの上なく適任なのではないだろうか?

 彼女とはこの旅のみの縁で終わりたくないと思っている。

 詩人を抑えることが出来る機転や母性溢れる人柄は勿論素晴らしいが、子持ちの彼女に私の前世の部分が親しみを感じているせいだ。

 もし同じような年齢であったなら友人になりたいと思ってしまう。

 コリンナもハイデマリーも大事な友人であるが、どうしても同じ目線でいられない時は出てくるのだ。

 たまに自分が若作りしているようで後ろめたいのだが、夫人が相手だと素のままでやり取りが出来るのでほっとする。

 彼女からしてみては保護下の令嬢なので友人なんて考えられないのだろうけれど、そこは諦めるとしよう。

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