152話 祭りの後です
詩人の出番が終わり椅子は撤去され、次は剣の演武である。
先ほどよりも場所は大きく開けられ、その中心にラーラと騎士団の一人が向き合っている。
「鮮血の凶姫の剣技を見られるんだ!」
「女だっていうのに騎士団に引けを取らないらしいじゃないか鮮血の凶姫てやつは」
期待に満ちた村人達の前で、打ち合いが始まる。
当初は1人で剣の演武を披露する予定だったのだが、村人には派手さのある打ち合いの方がいいのではないかと話が持ち上がり、対面での打込みの演舞になったそうだ。
もちろん手順も決まっているので、詩人と凶姫の様な決闘の激しさはない。
それでも形式を踏んだそれは美しい型と迫力をもって、村人の心を掴む。
剣戟が2度も平凡な村のこの広場に響くとは、誰も思わなかっただろう。
赤い髪も相まって、その鮮烈で苛烈な剣筋は見る者を捉える。
先程の歌の熱も相まって皆、彼女に英雄を見るだろう。
鮮血の凶姫、ラーラ・ヴォルケンシュタインの二つ名がこの日誕生したのである。
思った以上の盛り上がりを見せて、祭りは終わった。
皆でおしろさんの歌を歌ってこの祭りは仕舞いだ。
領民なら誰もが知っている、慣れ親しんだこの土地の遊び歌。
単純な童謡なので、酔っぱらいも老人も子供もみんなが揃って歌うことが出来る。
夕闇に歌は溶けて、風に乗って遠くまで運ばれる。
おしろさんにも、この声が届いているだろうか。
この歌を聞いて、なにを思うだろうか。
この土地の人達の思いを感じるだろうか。
理解出来なくても彼らの気持ちの一欠片でも届きますようにと、私は祈らずにいられなかった。
1等をとった案山子はジャックと名付けられ、巨石の一番目立つ場所に設置されるという。
その他の優秀であった案山子も、すべて男爵が引き取り彼の手で魔素入り案山子に替えられるのだ。
入賞した人は思いかけない賞品に喜び、落選した者は次の機会こそと野心を燃やしていた。
次はあるのか?と疑問に思ったが、男爵は年に一度くらいは案山子祭りとして今回ほど盛大では無いが、細々と続けていきたいと抱負を語った。
今までは祭りといっても予算も無く蕎麦の収穫後のこじんまりとした祝い事しかしたことが無かったので、案山子祭りとして定着させるのは良い機会だとも言っていた。
無事に工場が建ち経済が回れば開催費用に問題はないだろうし、祭りがあればより旅人も呼べるのだ。
何より祭りと言うのは、領民にとっての特別な楽しみになる。
大きな祭りがある土地はその為に1年を頑張るという住民が存在したりするし、生活のはりにもなるのだ。
ハレの日として楽しむ事で日頃の鬱憤等も解消出来るし、あるに越したことはない。
祭りも終えて、とうとう帰る日を迎える。
気軽に立ち寄れる土地ではないが、思ったよりも深く領民と関わる事になり感慨深い。
祭りを終えて次の日、来た時よりも増えた荷物は竹で編んだ長持ちを村人に作って貰いそこに収納した。
笹の葉茶や蕎麦粉のお菓子やらでぎゅうぎゅう詰めである。
片付けが終わって寂しくなった、すっかり慣れた聖女館の私室ともこれでお別れだ。
「少々、寂しいですね」
ソフィアがぽつりと呟く。
別れはいつも寂しい。
「でも、寂しいと思えるのはここで大事な思い出を作ることが出来たからだわ」
私はソフィアの手を握ってそう言った。
「ここでの生活は不便で贅沢では無かったけれど、自分の手で物を作ったり領民との距離が近くてとても素敵なものだったわ」
王都に戻ればその息苦しさに、きっと何度もこの土地を思い返すだろう。
「ええ、お嬢様は生き生きとしていらっしゃって楽しそうでした。そういえばウェルナー男爵が、お嬢様に帰る前に見せたい物があるとおっしゃってました。そろそろ、その時間ですので聖女館の前に行きましょうか」
荷物を他の使用人に任せて、ソフィアに連れられて聖女館の玄関へ向かう。
既に何台もの馬車には、荷物が積まれて出発を待っていた。
玄関を出たところには男爵一家と聖教師にニコラが並んでおり、名残り惜しそうに別れの挨拶を交わす。
「ここの教会に骨を埋める決心がつきました。遠く離れていても黒山羊様は近くにいらっしゃる。それを知った思いです」
すっかり顔色も良くなり健康的になった聖教師がその思いを語る。
この人には悪戯心で悪い事をした。
聖女の何気ない一言の重さを教えて貰った気分だ。
もう二度と絶望に捕まらないよう、彼の人生が平穏である事を祈る。
「聖女様、これ」
ケイテとリンディが手を繋いで私の所へやって来た。
可愛らしくラッピングしてある。
「今見ても良くて?」
そう聞くとコクコクと2人は頷いた。
包みを解くと黄色いリボンが入っていた。
「これは……」
「宝物だけど聖女様の所にあるのが良いって思って」
少し俯きながら話すリンディをケイテが励ましている。
「それで、あの。色々ありがとう」
そういうとギュッと抱きついてきた。
その様が可愛くて頭を何度も撫でてしまう。
「リンディを助けてくれて、この土地を助けてくれてありがとう」
ケイテは領主の娘らしく挨拶をする。
この子も、もっと学者に甘えたかっただろうにリンディにそれを譲ってよく我慢していた。
ケイテにも手を伸ばして頭を撫でると、嫌がらずに笑ってくれた。




