151話 新しい歌です
演壇のある広場は、乾杯の合図で宴が始まると一気に沸いた。
音楽に合わせて肩を組んで体を揺らしたり、手を繋いで素朴な踊りをしたり、飲み食いのみならず楽し気に皆過ごしている。
案山子の集計係には学者が付いてくれているので、程なく結果が出るだろう。
ひとしきりダンスが終わると、広場の真ん中に椅子が用意された。
なんだなんだと皆が声を上げていると、素人楽団の面々が少し距離を開ける様にと人員整理をしだした。
ちょうどスポットライトに当たったかのように広場の中心はぽっかりと無人の空間になる。
ぽろろん
皆が固唾を飲んでいると、深い弦楽器の音がどこかから響く。
音の方を見やると、大きな羽飾りの帽子に、レースのブラウス、そこには美しい楽器を携えた物語の登場人物の様な出で立ちの詩人がいた。
大道芸や娯楽を見たことの無い領民達は観客の作法がわからず、キョロキョロと周りを見回す。
楽団を務める村人がしっと口元に人差し指を当てて、静かにするよう手振りで合図をすると皆口を閉じて行儀よくしている。
詩人は優雅に歩みを進めて、弦の調子を確かめるかのような短い旋律をとぎれとぎれに奏でながら皆が注目する中、椅子に腰を掛けた。
ひとたび口を開けると、朗朗たるよく響く声が流れでる。
声質もさることながら、なにかの魔法もあるのだろうか?
離れていても良く聞こえているようで端の方でお焼きを食べている人も首を伸ばして詩人を見ているのがわかる。
「これなるは、摩訶不思議な物語。霊峰山脈を望むウェルナー男爵領で起こった出来事」
じゃかじゃん
詩人は一瞬調子を変え、弦楽器を激しくかき鳴らして、注目を集める。
そして歌が始まった。
幼き桜姫が訪れたのは 人がたどり着けぬ頂き
そは神々の山脈の麓
生贄を求める巨躯の雪のもの
息吹は真冬の雪時雨 歩みの先では全てが凍る
人々の嘆きは深く 土地を侵して枯れていく
姫がその身を捧げると そこに現れた黄色い小鳥と黒い仔山羊
神の寵愛を得る姫を 連れて行くこと許すまじ
かくて大いなる白き沈黙のものと 姫の従者は対立する
そこに鬨の声を上げたのは 鮮血の凶姫とつわものども
心まで凍てつく冷気を その血潮にて振り払い
一歩 また一歩 前に進んでいく
彼のものの勇猛 心気 臆するなかれ
果敢にも挑み 撥ねつけられる
地に染み込むは 無念の血潮
心を痛め懇願する姫
星の瞳から零れ落ちるは ひと雫の慈愛
それは白き歩む死の足を止め 情け無き心を溶かす
かくて姫は戻りけり
大地は姫を取り戻し
姫歩む先 蕎麦は真白き花開き 人々を照らす糧となる
小鳥は謳い 仔山羊は踊る
喜びも悲しみも あなたを救う
雪のもの 儚い命の代わりとして
私は案山子を用意いたしましょう
かくて人々の祈りを込めた 藁の人形
それを慰めに沈黙のものは去っていく
結びの言葉まで歌いきると、それまで聞き入っていた観衆から喝采が贈られる。
おおよそ詩を聞いたこともない村人用に、わかりやすく言葉を選んだのだろう。
実際に王宮で披露する時にはもっと小難しくなっているかもしれないが、言葉の良し悪しを別にしても彼の演奏と声が皆の心を捉えたのだ。
彼の技術は素晴らしい。
ああ、それは間違いないものだ。
内容がかなり改ざんされたものでなければ……。
彼がおしろさんの話を聞かせて欲しいと言ったのは歌を作る為だったのか。
詩人という生業は民衆の求めるものを、言葉にして物語にして聞かせるものだという。
確かに、そういう意味では間違ってはいないかもしれない。
これは男爵領の民が望んだ歌なのだ。
これを歌うなと私には禁じる資格はないのだ。
彼は職務を全うしているだけなのだから。
その物語に私を登場させなければ、きっと素晴らしいと手放しで褒めたものを……。
「男爵領の歌だ!」
「おしろさんの物語だ!」
村人は口々に興奮して、感想を言い合っている。
歌を聞いて、今回案山子の造り比べなどというおかしな事を男爵が言い出したのは、おしろさんへの贈り物だったのかと皆納得したようだ。
それよりも、おしろさんへ立ち向かったと歌われてしまった騎士団の身の置き場の無さが気の毒である。
実際にはラーラにやられたというのに、これでもう真実を言い出しても信じる者はいないだろう。
なにせナハディガルは王宮が囲う宮廷詩人なのだから。
騎士団の面々の諦めた様に遠くを見る目が、桜姫の歌を知った時の私に重なって見える。
今後彼らは雪の巨人に立ち向かった勇者と言われ否定も出来ず賞賛されるのだ。
こればかりは、同情するしかない。
そう、虚飾された物語というのは現実に生きる者には重すぎる荷でしかないのだから。
「鮮血の凶姫!!」
ラーラが村人に囲まれて連呼されている。
とんでもなく物騒な名前を付けられて、さぞかし困惑していると思いきや、まったく気にする素振りをみせない。
なんという強心臓であろうか。
彼女に関しては確かにおしろさんに立ち向かったのだし、あの形相から言えば間違いではないのだけれど、もう少し女性らしい表現はなかったのか。
本人の満足気な様子を見るに、まんざらでもないというかむしろ歓迎している感じである。
私はラーラと分かり合える日は来ないのではないかと、少々不安になってしまった。




