150話 祭りです
空は晴れて、雲が早く流れている。
相変わらず風は強く吹いているが、広場で奏でられる音楽も風に乗って遠くまで運ばれているようだ。
点在する農村から領主館のある村へ移動する農民たちの足取りは軽い。
村の入口までの農道には、領民が思い思いに作った案山子が並んでいた。
領民達はみな興味深げに両端に並ぶ案山子を感心しながら見ている。
農夫に仕立てたものや、子供であったり手には籠を持たせてみたりとそれぞれ工夫された案山子達。
今まで畑に置いていたものは十字に組んだものにせいぜい藁で肉付けしたような簡易なもので、そこほど精巧さを求めるものではなかったが、今回コンテスト形式にした事で、どれもが人に似せて良く出来ているのだ。
元々おしろさんの囮の為に男爵が作っていた見本もあったので、短期間だがどれも良い見た目をしている。
上位に入賞した案山子には男爵の手でその腹に白綿虫を集めた麻袋を詰められ、黄色い布の目印を与えられて巨石周辺の畑に設置されるのだ。
ある意味おしろさんへの供物であるので、後世にはこの行為の意味も歪曲して伝わるかもしれない。
案山子の胸にはそれぞれエントリーナンバーが付けられて、気に入った案山子に広場で投票するので、皆真剣な目つきである。
勿論、数字が読めない人が大半なので何人か騎士が立って識字の手伝いをしている。
コリンナと夫人の読み書き教室の生徒達も、一緒に案山子道に並んで、今日は教える立場となって得意げだ。
大人にこれはいくつかと聞かれて大きな声で返事をしている。
大人達も文字と縁が無くても、この事で数字のひとつくらいは覚えて帰るかもしれない。
そういうところから教育は始まるのだ。
広場では既に素人楽団がぶんちゃちゃー、ぶんちゃっちゃーと簡単であるが楽し気なワルツを弾いている。
私が提案した竹琴も籠るような優しい音を出して、一緒に音楽を奏でていた。
急遽作られたお焼きの屋台では竹を汲んで作られた箱に灰が詰め込まれて、熾火が埋められている。
本当なら銅や琺瑯や石造りの箱の方が良いのだろうけど、急だったことと今日一日限りのことなので竹で試してみたのだ。
灰が熾火の熱から竹箱を守ってくれると思いたい。
熾火が灰を温め、埋めたお焼きを冷めない様に温めて、表面をカリっと仕上げる。
実質、今日が記念すべき灰焼きお焼きの初販売である。
販売といっても振る舞いのひとつなので、お金は受け取らないし試食会みたいなものなのだが、注文を受けてその場で温かいものを出すという流れを体感して欲しかったのでこの形にしてみたのだ。
既に行列が出来ていて、担当の村人は四苦八苦しているが、料理人のアドバイスを良く聞きながらよく列を捌いている。
他にも料理人による色々な種類のお焼きが木の皿に盛られて、各家庭から広場に持ち寄られたテーブルの上を飾っている。
ニコラは本業の酒を担当して楽しそうに人混みの中、くるくると踊る様に振る舞い酒を配っていた。
最初にこの村に来た時は陰鬱な雰囲気であったのに、すっかり明るい空気に変わっている。
澱んだ空気は、風に乗って散らされてしまったのだ。
うん、この土地にはこのカラっとした明るさが良く似合っている。
私は満足気に祭りの模様を眺めていた。
「さて、この祭りの発案者のアインホルン伯爵夫人と、この地に幸運をもたらした聖女様からもお言葉をもらいましょう」
男爵が祭りの開催の挨拶を演壇でしながら、突然そんな事を言い出した。
確かに立場的に挨拶すべきなのだろうけど、気の利いた言葉を持ち合わせていない私はオロオロとしてしまう。
そんな私をよそにヨゼフィーネ夫人が優雅に壇に上がった。
「ご紹介いただきました、ヨゼフィーネ・アインホルンです。この度は縁ありましてこちらの土地に寄せていただきましたが、皆様の温かい人柄にそれは居心地が良くて感謝しておりますわ。このお祭りについては私からの気持ちです。皆様、心から楽しんで下さいませ」
貴族を見慣れない村人達はすっかりその優雅さに充てられて、彼女が壇上を降りる時になり、やっと我に返ったかのように盛大な拍手をした。
場は温まりましたとばかりに、夫人が私に微笑みかける。
何を言ったらいいのか、こういうアドリブには弱いのだ。
男爵も手招きするので、隠れてしまう訳にはいかない。
何とか笑い顔でごまかせないかと考えると、いつも聖女館に入り浸っている農夫が声を上げた。
「よ! お焼きの聖女様!!」
それにつられてお焼き聖女だ、聖女お焼きだと声が次々に上がる。
思ってもみないお焼きコールのせいで真っ赤になってしまった。
「ほらほら、あんた達! 聖女様は困らせるんじゃないよ!」
男集の頭をぺしんとニコラが叩いて諫めてくれる。
その様子を見て、皆も笑い出して場が和やかになった。
「聖女と言うにはおこがましいのですが、黒山羊様の信徒のシャルロッテ・エーベルハルトです。この土地は黒山羊様のみならず、風の神様である黄衣の王の聖地です。この様な信仰深い地に来ることが出来て私は幸せです」
そういって、あっさりとした挨拶を済ませてお辞儀をすると、ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえた。
見れば男爵と聖教師が並んで泣いているではないか。
それに釣られてか村人の面々も涙目になっている。
「僻地と呼ばれ、呪われたと思っていたこの地をその様に言ってもらえるとはなんという栄誉でしょう。きっと聖女様に相応しい領地にしてみせます」
男爵は決意を新たにしたらしく拳を握ってそう言うと、周りも一緒に賛同していた。




