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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第一章 シャルロッテ嬢と黒山羊様

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15話 執務室です

「まあ! まあ! まあ! まあ!」

 屋敷に帰宅すると、クロちゃんを見てメイド達が騒ぎ出した。

 可愛いと撫でまくりながらも、果たして家畜を室内に入れて良いものかと言い合っている。

 私のペットだと言い張っても、父の許可がない限りは1匹の動物でしかないのだ。

 クロちゃんは風呂場に連れていかれると蹄を特に入念に洗われ、シーツでくるまれた状態で戻ってきた。

 屋敷内が珍しいのか、きょろきょろしている。

 結局、父へ噂の真相の報告もあるので、クロちゃんをおくるみ状態でデニスが運ぶことになった。

 私はすぐさま乗馬服を脱がされ普段のドレスを着せられて、兄も着替えをすませると3人と1匹で1階の父のいる執務室に向かった。


 エーベルハルトのカントリーハウスは1階は人の出入りが多いので、パブリックスペースとなっている。

 舞踏会も出来る大きなホールに、訪客を通すドローイングルームやシッティングルーム、食堂や大人のための遊戯室、美術品を並べた部屋や図書室など各種施設があり、画廊を通って客室のある左右に広がる翼棟へ行けるようになっている。

 2階はプライベートスペースであり書斎や子供部屋、夫婦の部屋があるので普段はそちらで私は過ごしている。

 一度屋敷内、全部の部屋を見ようとしてみたが使われてない部屋も多く途中で飽きてしまった。

 領地の建物はどれも屋根裏部屋と地下室がついているが、本館は横長の二階建てである。

 それとは別で大きな建物を左右に建てて廊下で繋げている形だ。

 広大な敷地があればこその建て方で、反対に王都にあるタウンハウスは大きな壁に囲まれた4階建てと縦長である。やはり土地の確保はどの世界もシビアなのであろう。


 と、いうことで執務室です。

 ノックをすると、見知った父の侍従が迎え入れてくれる。

 扉を開けると正面に重厚で豪奢な作りの机が置かれており、書類から顔を上げた父が私達を見て立ち上がり、手前に置かれた応接セットへと腰かけた。

「やあ麗しの私の子供達。山羊まで連れて一体何があったのだい?」

 ニコリと笑うが只ならぬ凄味がある。

 着席の許可がないので、私達は扉の前で立っている状態だ。

 仕事の時間中に私達がここに立ち入ることは、まずないのだ。

 父も何かを察しているのかもしれない。

 その様子に、兄もさすがに緊張した面持ちである。

「実は、街で噂になっている黒犬の件なのですが……」

 兄に代わって、デニスが口火を切る。

「お前には聞いておらぬ」

 ぴしゃりと厳しい口調で、それを父が咎める。

 普段優しい父しか知らない私は、思わず兄の影に隠れてしまった。

 そんな怖い声も出せたのね。

「私は、私の子供達に聞いているのだ。あまつさえシャルロッテまで連れて夕餉の時間での会話でなく、父の仕事場に足を踏み入れるとは相当なことをしでかしたに違いないと判断するが? ルドルフお前は自身のことを侍従に語らせる怠け者なのか」

 兄はそう言われ、拳をきゅっと握ると事の顛末を話し出した。

 もちろん信じ難い部分は抜いて、耳障りの良いデニスの捏造された記憶の方を、だ。

 兄の話に呆れるやら驚くやら表情を変えつつ、終わりまで何も言わずに大人しく父は聞いてくれていた。


 一通り話が終わると、父は長い足を組み直した。

「さて、私は不本意ながら君達に罰を科せねばならぬ。まずはルドルフ、君は次期領主の身でありながら護衛を1人しかつけず、あまつさえ無力でか弱い妹を連れて無謀な外出をしたことを認めなければならない。野心は認めよう。だが君達に何かあればエーベルハルトの本家の血は絶え、この地に別の歴史が始まるだろうことは想像したのかい?」

「あの……。それは……」

 兄は足元に目線を彷徨わせながら、言葉につまる。

 そう、いくら危険はないと判断したとしても本来ならばしてはいけない選択だったのだ。

 実際にクロちゃんが襲ってきていたら、父の言葉の通りになっていたのだ。

 他にも山羊か犬が原因だとしても、関係ない無頼の輩が小屋に住み着いていて、そのまま私達が捕まって売られる危険性や熊や猪と遭遇することもある。

 言い出したらきりがないのだが、父に言われるまでそういう危険を私たちは考えもしなかった。

 いや、知っていても目の前の冒険に釣られて気付かないフリをしたのだ。

「そしてシャルロッテ。君は淑女教育の真っ最中の筈なのだが、今回の事はレディとして必要な事だったのかい?」

「……必要、じゃ、ないです」

 中身が歳いってようが子供だろうが関係ないのだ。

 ちゃんと考えなければならなかった。

 浮かれていないで、私が止めるべきだったとしょぼんとしてしまう。


 私たちが顔を青くしながら反省していると、ヤレヤレと父は溜め息をついた。

「首尾よく上手くいったのは僥倖であると思って、今後は十分に配慮をしなさい。さて黒犬の件だが結果を出した以上、これはよくやったと褒めるしかあるまい。王都へも地方の不穏な噂として報告が上がっていたようで、調査を急かす文書が今朝届いたところだ。父の仕事を君は先廻りして片付けてくれたのだよ。罰はこの手柄をもって帳消しとしよう」

 普段の父の優しい口調に戻り、私達はほっと息をついた。

「息子から報告があったと王宮に届けよう。この件はルドルフ・エーベルハルトの名のもとに解決されたとね」

 にかっと笑うとウインクをする父。

 かっこいい。

 兄もこの言葉には喜びを隠せないようで、高揚している。

「そして、こちらが噂の主だね」

 父は立ち上って、デニスが抱く山羊に顔を近づけて観察している。

「どこがどうしてあのような面妖な噂になったのかは不思議だが、一種の神秘性が感じられる美しい山羊だね。逸話が作られても仕方がない気はする。この様な美しい山羊なら地母神様の御使いとして教会か王宮に献上するという手もあるのだがどうする?」

 値踏みするようにクロちゃんを見てから、私たちに問いかけてきた。


 クロちゃんがめぇーっと抗議の声を上げる。

「ダメです! クロちゃんは私と暮らすんです!」

 父をひっぱってクロちゃんから離そうとするが、その体はぴくりともしない。

 珍しく私が子供っぽいわがままをしているせいか、父の目がいつも以上に優しいような気がする。

「それは私が許可しなければ叶わない望みなのだけど、シャルロッテはそのかわりに父様の願いを聞いてくれるかい? 物事を通すには対価が必要なのだよ?」

 甘そうに見えて甘くないな、この父親……。

「私に出来る事ならば」

 私は父から手を放し一歩下がると、そのまま左足を斜め後ろに引き右足の膝を曲げて体を落としてみせた。

「やあこれは見事な淑女の会釈(カーテシー)だね」

 目を細めて、褒めてくれる。

「淑女教育の追加を考えていたのだが、心配はなさそうかな? では父様のハンカチにシャルロッテが刺繍を施しておくれ。それをもってこのクロとやらはエーベルハルトに迎えられることになるだろう」

 実は裁縫はあまり得意でないのだけれど、クロちゃんの為だもの、頑張ろう。

 ふと見ると父の手はクロちゃんを撫でている。

 撫でているというか、撫でまわしている。

「父様ずるい!」

 今、クロちゃんはデニスに抱かれているため、子供の私の背では届かない。

 つい行儀悪くピョンピョン飛び跳ねてしまったが、そこは大目にみてもらえた。

「さてルドルフの侍従であり、側近候補の君は主人を諫めるということも覚えなければいけないよ。付き従うだけの取り巻きなど、この侯爵家には必要ないのだから」

 父は優しい口調のまま、デニスに釘を刺した。

 先ほどの厳しい声を浴びたせいで、まだデニスは緊張しているようだが漸く口を開けた。

「その言葉、このデニス肝に銘じます。今後はルドルフ様の陰日向となり支え、時には苦言を呈することが出来るよう精進してまいります」

 厳粛そうに言っているが、その腕には山羊が抱かれめぇめぇと鳴いている。

 あまりしまらない姿だ。


「それと気になることが」

 神妙な顔でデニスが話しだしたのは、厩舎の小間使いゼップのことだ。

「なるほど山羊を魔物、シャルロッテを魔女と言っていたのだね」

 少し厳しい顔で顎の下に拳をあてながら父は思案すると、自分の侍従に声をかけてゼップという小間使いが侯爵邸にて安価なものであるが窃盗を働いたと衛兵に届けるようにと指示をしたのだ。

 その指示に私達3人はうろたえる。

 職場放棄はいけないことだと思うが、彼にはなんの非もないのではないか?

 あの状況では仕方の無い話なのだ。

「そのせいで解雇したが、逆恨みをしているかもしれないので記録に残して欲しいという事も一緒に伝えておくれ。後、教会にもメイドに寄付をもたせて同じことを聖教師様にお伝えして記録しておいてもらおう」

「錯乱した小間使いがひとり去ったことに、随分と手をかけるのですね」

 デニスが、不思議そうに言った。

 それは尤もな話だ。

 そこまで労力をかける意味がわからない。


 安価としていても窃盗の罪をかぶせ、しかも解雇したと触れ回るなんて冤罪もいいところではないか。

 領内にいたら今後職に就くのも難しいのではないだろうか?

 それとも彼は領外へ逃亡したと、父は考えているのだろうか?

 寄付金もバカにならないだろうし、そこまでの価値があるのだろうか?

 意図がわからない私達を見て、侯爵は愉快そうに答えた。

「爵位というものには責任と特権、そして(ねた)みと(ひが)みがつきまとうものなのだよ。決して弱みを見せてはいけない。どれほど些細なことであっても悪い種になりえるし、それは悪意で芽吹き花を咲かせるものだからね」

 うーん、貴族って怖い。



いつも私のつたない小説の閲覧ありがとうございます。ブックマークを登録して下さった方には重ねてお礼申し上げます。

いただいた評価を無駄にしないよう、執筆の励みとさせていただいております。

そろそろこのお話の第一章部分「シャルロッテ嬢と黒山羊様」が終わります。

章ごとの区切りをどうするか悩んでいるので当分は無いままで進めていく予定ですが、第二章の題名は「シャルロッテ嬢と悪い種」です。

章編成がうまく出来るかわからないので、ここだけの話としてコッソリ呟いておきます。

今後もよろしくお願いします。


追記

2021/3/18 章分けをしました

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