149話 頼み事です
「ダリルさんいるかしら?」
私がひょこっと厨房を覗くと、いつも通り料理人は厨房で食材と格闘している。
祭りは男爵領の領民全員参加である。
大々的にお焼きを広める機会なので、男爵と料理人は相談しあい、これを逃すまいと振る舞い料理を色々な種類のお焼きにする事にしたのだ。
実験として焼いて冷凍してから灰焼きにしても味に遜色がない事がわかったので、騎士団の魔法師に氷室を作ってもらい、当日に向けて在庫を作っているのでここのところダリルは毎日村人と共にお焼き作りに勤しんでいるのだ。
魔法師の住んでいないここで冷凍お焼きを試したのは将来を見越しての事だったのだが、早速役に立って良かった。
「聖女様どうしましたか?」
私に気付くと作業を中断して歩いてきた。
「お仕事中ごめんなさい。お願い事があって来ました」
「聖女様の願いならなんなりと仰ってください。私に叶えられることならですが」
「前に大豆の調味料のお話をしましたよね」
「ええ、蕎麦麺を作った時ですね」
「ダリルさんは黄色い肌の人達の事はご存知ですか?」
「ああ、この世の果てと呼ばれる大陸の人達ですね。余りこちらと行き来はないようですが聞いたことはあります。羊肉包などの文化の東の国には黄色い人も我々の様な白人も両方住んでいると聞きますが、広い砂漠を超えるのでこの国では見ませんね。なんでも獣の耳が生えている者もいるとか異形が多いと聞きます」
詩人が呪術師の家の老婆の話をしたのでもしやと思ったが、黄色人種も存在したのだ。
だが獣の耳?異形?どういうことだろう。
また学ぶことがひとつ増えた気がする。
それはおいておいてとにかく存在するならば、中華や日本の文化を持つ国もあるのではないか?
「ダリルさんは旅団専門の料理人と伺いました。もし、今後そういう人と会う機会があったら大豆の調味料を知っている可能性があります」
「なるほど聞いた事が無いと思ったら、かの文化でしたか」
「手掛かりが見つかれば、是非私に一報下さい」
あわよくば味噌や醤油が手に入るかもしれない。
そうしたら和食が食べられるということなのだ。
私自身が探しに出るのは無理でも、この料理人ならば世界各地に足を運ぶのだから可能性はあるだろう。
「後ですね、小豆と呼ばれる赤い豆も見つけたら買取をお願いしたいのです」
小豆。
それは餡子の元。
ここで手に入れた笹茶に餡子を挟んだパンケーキなどあったら至福ではないか。
「乾燥させた状態で売っていると思われます。荷運びのしやすさから比較的こちらに流通していてもおかしくないと思うのです」
「その小豆から大豆調味料が出来るのですか?」
「いえ、調味料は大豆と呼ばれるものから作るのですが小豆は砂糖を加えて柔らかく似て甘味にするんです」
「ふむ。そういうものもあるんですね」
料理人は私の話を熱心にメモしている。
本当に熱心だ。
「お焼きの餡にするにも絶対合うので、見つけたらよろしくお願いします」
そう伝えてソフィアから袋入りの金貨を渡す。
「こ、こんなもの貰えません。新しい料理のレシピを教えていただけただけでももったいないくらいです」
及び腰になる料理人に、私は詰め寄った。
「考えても見て下さい。小豆も大豆調味料もこの国では流通していない食材です。万一見つけた時に資金が無くて買い逃したらどうなさいますか? 支払えるだけのお金を持っていると向こうもわかれば今後を考えて取引を持ち掛けてくれるかもしれないですし、これは必要資金として受け取って下さい。管理するには荷が重いようなら商業組合の方で預けて頂いて証票にすれば盗難の危険もなくなりますし。今後の新しい料理の世界の為の投資だと思ってお受け取りを」
かなり遠慮をしていたが、そうまで言われたら受け取らざるを得ないだろう。
ようやく袋を取ってくれた。
経済や流通が違っても、資金の有る無しは同じなのだ。
もし別の事に使われたとしてもそれは私に見る目が無かったというだけであるし、責めるものではない。
これまでの時間でこの料理人は信頼に足るとわかっているから、それは無用の心配であるだろう。
どこかに日本の文化がありますように。
きっとあると信じよう。
心配なのは何時代の文化であるかという事だけど、醤油の歴史は古いはずだ。
手に入れる事が出来たら、それこそ世界が変わるというものだ。
同じ食材でも油と塩、胡椒、ハーブの味付けから醤油、酒、砂糖に替えると、まったく別の料理になるのだ。
料理人がいっていた羊肉包等の文化は中近東やシルクロードの文化の流れではないだろうか。
確かあの辺は羊を良く食べていたのではないだろうか。
そう思うと地理の勉強もしたくなってきた。
料理がきっかけなんて人に言ったら食いしん坊に思われるけど、大概の日本人は食についてはうるさいものだ。
「聖女様が食に興味があってくれて嬉しいです。美食家は多いですが新しい分野の開拓に熱心な貴族はいませんので」
食欲を褒められるのは何だが、こうして料理人と話が出来たのはこの土地に来ての大収穫である。
普通の屋敷付きの料理人は伝統料理を重んじて、かなり流行らなければ新しい料理は中々貴族の食卓に上げたりはしない。
そういう点では旅団専門のこの料理人は、限られた食材で飽きられないメニューを並べるという私にとってびったりな職人であったのだ。
一期一会というけれど、お焼きもそうだが、日本蕎麦を口に出来たこの出会いに感謝しかないというものだ。




