148話 少年の話です
少年が語る事には、ラムジーは奇妙な男であったという。
怪しげな研究をし、日中は書きつけを生業としていたらしい。
蔵書も多く、毎日本棚の片付けと掃除は欠かさずするよう言いつけられていたことから几帳面であったのが伺い知れる。
中には触るだけで気分の悪くなる薄気味悪い本もあったというが、きっとあれには毒が塗ってあったのだと少年は思い込んでいた。
呪術師目当ての客は月に数えるほどでしかなかったので、見たところ繁盛しているわけではなかったが、客の大半は裏町の住民と違い綺麗な身なりをしていたというから、仕事先は上流階級であったのだろう。
反対にラムジーが紳士の身支度をして出かけることもあり、自ら貴族街へ足を運ぶこともあったらしい。
客が帰ると羽振りが良くなるので、大概が大金で呪術を引き受けていたのがわかる。
時折、馬頭鳥を飼うこともありペーターは言われるままに世話をしていたそうだが、懐くころには呪術師を介して他所へ売られたり連れ出したまま戻らなかったそうだ。
見た目は悪かったが遊ぶ相手も無く小間使いの仕事をする少年にとって馬頭鳥は束の間の慰めになっていたようだ。
おかしな客やなにか記憶に残る客を覚えていないかと聞かれると、ペーターは少し考えてから口を開いた。
普段から怪しい行動の多いラムジーだったが、ひとりの客が来るようになってからそれは加速していったと。
それは茶色い髪で大きな緑の瞳の可愛らしい少女であった。
娼婦の間に流行っているという足を出した短いスカートにヒールの高い靴。
ローブの背の高い男に付き添われて何度か来ていたのだが、そのたびにラムジーは彼女に心酔していったという。
彼女が去った後は決まって書斎で研究に没頭し、寝食を忘れるのだ。
倒れるほどに心身を削り、その後正気に戻るという。
段々と狂気じみた行為が増え、反対に彼女への信仰にも似た執着が進んでいった。
中年の男が少女に跪き媚びへつらう様は見ていられなかったという。
それでも体裁を整えて客の相手は出来ていたのだが、そこに転機が訪れる。
ある日、厳重に封印された箱が届いたのだ。
兼ねてから手配していたものらしく箱を手に取ると、誰も取り次がないように少年に言いつけ書斎で研究に没頭していったという。
しばらくした後、晴れ晴れしい顔で書斎から出てきて、何かが出来上がったらしいことが少年にもわかった。
その夜には件の少女が来訪し、ラムジーはその箱と秘蔵の馬頭鳥さえも彼女に差し出した後、荷造りをするとペーターを解雇した。
その先はもう少年は何も知る手段を持ち合わせはしなかった。
その箱こそが妖虫であったに違いない。
「少女とその連れについて、他に知っている事はあるかい?」
寝食と仕事を約束された少年は包み隠さず話す事にしたが、その2人については語る内容をほとんど持ち合わせてはいなかった。
当初は幼女趣味相手の出張娼婦とも思っていたらしいが、いたって健全な関係であったようだ。
ラムジーもその連れも少女の事を「お嬢様」と呼んでいたので、どこかの貴族の令嬢がお忍びで来ていると想像するくらいが関の山で、連れの男に至っては誰も声を掛けなかったので名前さえわからないという。
ただ唯一ローブから出た男のその手の色黒さから、遠い南国の人間なのではと推測をのべる。
少年は自分の持つ情報の少なさに気まずそうにしたそうだが十分である。
その出で立ちから言って少女はアニカ・シュヴァルツであろう。
彼女は従者と2人で裏町へ通ったのだ。
高慢の種を手に入れる為に。
いずれも物的証拠ではないが、第三者から証言が取れたことは大きい。
国に現れた賢者が、他の令嬢に禁呪を使った。
今までならば私1人の妄想と片付けられただろうが、こうして別の人間による裏付けを重ねていけばいつか断罪出来るはずだ。
「確たる証拠は押さえれませんでしたが、少しずつでも前進しております」
「そうですね、彼女がハイデマリーにした事はどんな事情があろうと許されませんわ。ラムジーが向かった先の見当はついていますか?」
「そちらはまだですが、多分に西のシュヴァルツ男爵領ではないかと思われます。現在、人をやって調査中です」
「そう。高慢の種は貴重なものなのよね? ハイデマリーに使うまでに時間はかなりあったようだし手に入れた道具を試用したかもしれないわ。現地で、おかしな言動をする様になった人間や、おかしな事件があれば関わっていると思うの」
ああ、なんて物騒な話を私はしているのだろう。
試用ということは、誰かが犠牲になったということだ。
そして、賢者はそれで効果を確認して実用したということだ。
人格を変えてしまい、周りには不幸しか振りまかない種。
それすらも彼女にとっては玩具なのかもしれない。
あの深い底なし沼のような瞳の持ち主ならばきっと試したに違いない。
そんな確信があった。
明るい話題から離れた長い詩人の報告を受けて気が滅入る思いだったが、こればかりは仕方ない。
少しずつでも情報を集めていかなければ。
ただ、今は祭りの前なのだから、暗い顔はしていられない。
「報告ありがとうございました」
「姫君の為ならばこのナハディガル、泥雲雀に身を落としてでも、目的を果たしましょう」
「泥につからなくてもいいから、今はお祭りが上手く行くようよろしくお願いしますわ」
「そう、お祭りと言えばおしろさんなるものの話を、我が姫の口からも所望いたしたいのですがそれは過ぎた望みでしょうか?」
お祭りと関係があるのかはさっぱりわからないけれど、詩人も手ぶらで帰るより、この地の伝承や神話生物について知った方がその活動の為にもなるだろう。
どんな知識も無駄にはなるまい。
「ギル様からも聞いていらっしゃるでしょうが、村人の中ではラーラと騎士団が立ち向かったということになっていますわ。そうね、私の目にした事をお話ししましょうか」
詩人もわざわざこの僻地まで来たのだ。
少しくらいの雑談も悪くない。
そうして私は短くも長いおしろさんとその顛末を詩人に聞かせたのだった。




