147話 裏町です
裏町、それは文字通り表通りから外れた少々後暗い事がある人達の住処である。
闇医者や占い師、そして呪術師など大っぴらに出来ない職業のもの達の仕事の場でもあり、いろいろな人間が各々の理由を胸に抱えて訪れるのだ。
ラムジーの住処もそんな裏町の一角にあったそうだ。
既に姿を消してから2年は経っているので、駄目元の訪問であった。
詩人は目立たぬように地味なローブにフードを目深に被り目的の家に押し入ったと言う。
昼でもなお暗い窓の少ない古い建物。
淀む空気には香の薫りと共に人の怨嗟や鬱憤が溶け込んでいるかのようであった。
客も主人もお互いの素性を隠すためにワザとそのような作りだったのかもしれない。
ラムジーの代わりに、住み着いていたのは呪い師の老婆であった。
どことなく異国を感じさせる発音に、スリッパで紙に描いた人形を叩いて呪いをかけるという風変わりな作法をとるらしく、遠くから流れてきた流浪の民で間違いはなかった。
「肌は黄色で目も細くて切れ長な扁桃の様な形でしたね。大方、大陸の東端から流れてきたのでしょう」
詩人は自分の見解を交えながら説明を進める。
それはまるで東洋人ではないか。
やはり日本に似た場所もこの世界にあるのかもしれない。
ラムジーの行方を聞いても老婆は、呪術師が出ていったので自分がこの家に入ったという事しか最初は話さなかったらしい。
そんな彼女に食べ物を差し入れて金子を幾許か握らせてわかったのは、ラムジーが小間使いとしてペーターという名前の裏町の子供のひとりを使っていたという事と、老婆が住んでしばらくして気付いた奇妙な文様の彫り物の事だった。
「彫り物ですか?」
パッと見にはわからない様に漆喰の壁や板の間や扉、そこかしこに文様が彫り込まれていたのだそうだ。
老婆に言われて見回して見れば確かに文様は存在していたが、意識して見なければ目に入っているのに気付けもしない。
何か不思議な平凡なものに見せかける魔法でもかかっているかの様だったという。
その文様は星の形に燃える眼が描かれているもので話を聞くだに、何とも不気味である。
老婆自身も転びかけて着いた手の先の柱の表面に違和感を感じてよく見てみたら気付いたのだという。
最初は何か悪い印なのかもと思ったが、特に体調にも精神的にも変わらないので削り消す手間を考えてそのままにしているそうだ。
それ以上彼女からわかることは無かったので、老婆に謝礼をして詩人は小間使いの行方を追う事となった。
いくら情報の集めやすい宮廷詩人といえど1人の子供を裏町から見つけるのは骨の折れる事であった。
密偵も使いラムジーが訪れたと思われる近所の酒場や露店に聞き込みをし、人相書きを作りとうとう見つける事が叶ったという。
奇しくもそこはヨゼフィーネ夫人が奉仕活動をしている孤児院のひとつだった。
ラムジーのところで住み込みで小間使いをしていた少年は、ある日荷造りをした主人に解雇を言い渡されたのだ。
行くところの宛のないペーターは空き家になったそこをしばらく寝床にしたが、新しい職も見当たらず孤児院に身を寄せたという訳である。
孤児院といえど遊んで暮らせるものではない。
わずかな糧と寝る場所だけを与えられた少年は、裏町の御用聞きや雑用を引き受けながら新しい落ち着いた仕事を探していた。
思えばラムジーは胡散臭いおじさんであったが、生活は保障されていたと語ったらしい。
孤児院にも入れない子供は建物の陰で寝泊まりし、泥雲雀と呼ばれる川の泥からゴミを漁る仕事につくしかないのである。
その点ペーターは上手くやったと言えるだろう。
救貧院で生まれ母を亡くしたが小間使いを探すラムジーの目に留まることが出来たのだから。
「育ちもありますが、とてもしっかりした少年でした」
詩人がいうには彼はラムジーの事を話す代わりに安定した仕事をよこせと言ったのだそうだ。
「それは確かに大人びてますわね」
「目端の利く子でしたから裏町の情報屋に預けることにしました。魔力が高いようで魔道具の扱いにとても長けていましたね。ラムジーが彼を小間使いとしたのもそれが決め手だったのだと思います」
結局ペーターは情報屋で雑用をこなしながら、元居たラムジーの家で老婆と暮らすことになったという。
そもそも老婆が住みだした頃にはペーターは孤児院に入っており前の住人の存在は知ってはいたものの直接会ってはいなかったようだ。
ペーターの面倒を老婆に3年ほどみさせることになった。
老婆としても家の面倒を見てくれる小間使いがいるのは悪い事ではなかったし、少なからず報酬がもらえるので二つ返事で引き受けたという。
裏町はいい意味でも悪い意味でも人の目があるので、邪険にはしないだろうとのことだ。
子供には大人がついていないといけませんと、珍しく真面目な顔で詩人は語る。
3年もあれば子供はかなり成長する。
その時面倒を見てくれた老婆の存在も変化していることだろう。
孤児院もひとつベッドが空いたことで、救われる誰かがいるのだ。
貴族だけを見つめているとわからないが、この国も完璧ではないのだ。
貧困は存在し階級制度の軋轢もある。
王子が立ち向かうべき問題のひとつに触れた気がした。




