143話 立ち合いです。
「さあさあ、お立合い! 勇敢な女騎士に立ち向かう詩人の運命は如何に!」
教会前広場で学者が手を叩くとそう告げた。
まるでサーカスの興行主ではないか。
手元には帳面と空いた木箱を持っている。
「どちらが勝つか賭けてはどうです? 名前と賭け金を私に差し出すだけ! お手軽簡単!」
何やら人が違ったように人々を煽っている。
普段の学問馬鹿ぶりからかけ離れているのだがどうしたことか。
「ギル様、一体どういう事なんです? 賭け事なんておおよそなさらない様なのに」
私が釘を刺そうとすると、すぐさまそれを遮った。
「これはね、一種の余興なんです。村人にも余興が必要だと思いませんか?」
「ですから、それは詩人の歌で楽しんでもらおうと」
「いやいや、彼の手合わせではそれはもう学生時代、稼がせてもらいましてね。お陰で貴重な稀覯本や珍書を手に入れることが出来たのです」
なんということだ、手慣れているはずだ。
口ぶりからいって何度も胴元を経験しているのだろう。
それにしても詩人に決闘をさせるなど大丈夫なのか。
学生の手遊びではなく、相手はラーラなのだ。
普段は薔薇の切り花くらいしか、手にしないように思えるのだが。
最近では用がなくても教会前や聖女館に村人が集まることが多いので、話を聞いて続々と村人が集まってきた。
賭けにも乗る人が多く、騎士団は皆、ラーラに賭けている。
村人もおしろさんに挑んだラーラに好意的なので、ぽっと出の優男に掛ける人は大穴狙いか面白がりの輩しかいなかった。
概ね村人は5や10と銅貨で少額を、騎士団が銀貨を賭けてこの余興に花を添えている。
「あんな綺麗な男の人初めて見たわ」
「剣なんて持ったら腕が折れるんじゃないかね。それにしてもさっきはいい声で歌っていたよ」
掛けの対象としては人気はないが、女性人気は相変わらずである。
これ幸いと料理人はお焼きを焼いて、ニコラはちゃっかり酒の販売を始めていた。
「本当に聖女様が来てから退屈しないね! また一儲け出来そうだね」
くるくるとあちらこちらの男に酒を売りつけながら、ニコラがそう言って笑う。
活気が出るのは何よりだが、賭け事で盛り上がるのは前の世の価値観のせいかあまり喜ばしくないように思えた。
学者の話では気軽に行われているようなので、こちらではおかしくはないということなのだろうか。
「わあ、大きな鳥みたい」
その無邪気な声に振り向くと、男爵に連れられてケイテとリンディもやって来ていた。
「いやはやナハディガル様がお越しということで来てみれば、一体何の騒ぎで?」
それはこっちが聞きたいくらいだ。
「ラーラとナハディガルが手合わせすることになったのですわ。それでギル様が掛けの胴元になりまして……」
「お父様、賭けって何?」
ケイテの質問に男爵が返事をしている。
勝ち負けを予想するという簡単な説明であったが、子供達も納得したらしい。
「じゃあ私はあの男の人が勝つ方にしようかしら」
「リンディも! リンディはこのキャンディをかけるわ!」
そう言うと紙袋から縞々のステッキ型のペパーミントキャンディを取り出した。
ケイテもそれじゃあ私の分もと便乗する。
大人の賭け事に子供がお菓子で参加とはと思ったが、学者は嫌な顔もせず帳面に書きつけて、キャンディを一時預かりした。
なるほど、子供の楽しみを壊すことなく参加させるのは彼らしいが、その実、物品での賭けも慣れているということだ。
おっとりした学者だと思っていたが、認識を改めることにしよう。
「あの人のお名前はなんていうの?」
「あの方は宮廷詩人。王宮で歌を謳う栄誉に預かった人です。名前はナハディガル。小夜啼き鳥ですわ」
「どうしてあんな格好をしてるのかしら? お父様はあんなに羽を付けたりヒラヒラしていないわ」
ケイテの疑問は最もだ。
こういう土地では詩人や道化師を見る機会はないだろうし、みな質素な格好をしている。
その目にはさぞかし奇異に映っているのかもしれない。
「それが彼の仕事なのですよ。あとは鳥が好きなのではないかしら? 鳥の名前を名乗っているのですもの」
「王都にはいろんな人がいるのね! 学院に行くのが楽しみ!」
ケイテが嬉しそうに言う。
私も楽しみだがこのままでは詩人まで一緒に通うと言いかねないのではないかと不安がよぎった。
ラーラが訓練用の刃先を潰した剣を詩人に渡している。
切れ味皆無とは言え、全力で振るえば骨も砕かれるだろう。
こんなどうでもいいことで怪我をするなど許されることではない。
剣を携えた二人は、私の前に並んで跪く。
こんな子供に向かって大人2人が何をしているのか。
いい見世物ではないか。
「はあ、気さくなお姫様だと思ってたがやっぱり聖女様は違うねえ」
「あんな大人を従えて堂々としているなんて」
普段とは違うヒソヒソ声にいたたまれない。
「我が剣はシャルロッテ・エーベルハルト様の為に」
ラーラはいささか狂気がぶり返したのか、目がギラギラとしている。
「我こそがシャルロッテ姫、唯一の騎士ナハディガルである。女騎士の出番なぞ無いと思え」
詩人がまた火に油を注ぐようなことを言う。
「軟弱な詩人にお嬢様が守れるものか! 王国の剣ヴォルケンシュタインを前に引かぬ勇気は認めよう。だがそれは蛮勇と言わねばなるまい。貴様の様な輩はこの剣の錆にしてくれよう」
なんだかラーラまでナハディガル劇場の登場人物になってしまったのか、大袈裟な台詞である。
単に立ち合いをするだけではなかったのか。
これでは命を掛けた決闘ではないか。
1人の姫に2人の騎士。
その詩的なやりとりも相まって村人は歓声を上げた。




