141話 解決です
「よくやったね、ジャック。ご苦労さま」
学者は壊れた案山子に向かって、そう言葉を投げた。
「名前を付けたのですか?」
呆れて私が聞くと、当然だというように胸を張って答える。
「名前無しで、どうやって案山子を区別付けるとでも? 番号じゃ味気ないし、名前を呼ぶ事でより人に近付いたのかもしれませんよ?」
そういうと案山子のシャツをまくって、胴体部分に書かれたジャックの文字を見せてくれる。
言霊というものがこの世界にあるかどうかはわからないけれど、そういうことがあってもおかしくはないか。
「今回の功労者ですわね。お手柄でしたわジャック」
私からもそう声をかけておいた。
案山子のジャックのお陰で今後おしろさんによって失われる命が助かるのだ。
何体作ったのか知らないが、全部に名前を付けたとしたらご苦労な事である。
学者が手に持つリストには案山子の名前と設置場所、その腸に詰めた白綿虫の量が書かれていた。
最後の欄は発見場所。
どれも空白である。
そこに学者が6日後発見と場所と共に記入した。
彼等の努力と実験は実を結んだのである。
ラーラの呟きの様な案から始まった案山子作戦は、こうして成功を収めた。
私は結局最後は蚊帳の外であったのだが、良い結果を得られたのだ。
文句は言うまい。
何よりこの土地に尽力し、1番この事に苦悩した男爵自身の手でそれが為されたという事に価値がある。
彼は聖女に頼ったかもしれない。
学者の知恵を借りたかもしれない。
それでも彼は解決の一旦を担ったのだ。
学者が最後の仕上げから私を遠ざけたのは、私を労るだけでなく男爵の為でもあったのだろう。
この経験は男爵に自信と誇りをもたらし、より良い領主へと導くのだろう。
自信の無いままの彼ではロンメル商会と渡り合う事など夢のまた夢だったろう。
長年の悩みを解決し成功を収めた男爵は、これまでより手強くなったに違いない。
商会長には悪いが、私からの意趣返しとして受け取ってもらおう。
次の日には教会前の広場に演壇が設けられ、領民が集められた。
その上でこれまで起こった不審死について、男爵と学者の口から経緯が語られる。
「……と、言う事でこの土地は黄衣の王の聖地である事が判明しました。今まで呪いと思われていた死体は……」
丁寧に領民へ告げられる真相。
もっと耳障りの良い、捏造された話でも良かったのに男爵はそれを良しとしなかったのだろう。
見聞隊員は言ったではないか、世間が受け入れるのはシンプルでつまらない見出しだと。
どう聞いても夢物語の様な真相なのだが、意外にも村人に好意的に受け止められた。
元々、貧しい土地で地道な労働と神にすがるしか術を持たなかった人達なのだ。
怯え震えはしても、憤る事無く不審死を受け入れて来た彼等は、今回の事を快く迎えたのだ。
その死を神の怒りではなく、神の祝福としてとらえる柔軟で盲目的な信仰。
それはある意味恐ろしい。
おしろさんに殺される事が名誉になってしまったら、自ら身を投じようとする輩が出てきてもおかしくないのではなかろうか。
「はあ、じゃあ隣の村の爺さんは黄衣の王の家来さんに認められて連れてかれたっちゅう事かい? 子供ん時の俺の目から見ても信心深かったからなあ。そういう事なら家族もたいそう喜ばしいこって」
「なるほどねぇ。死んだのは気の毒だけど神さんに目をかけられたなんて曾孫の代まで自慢出来ちまうね」
村人は退屈で寂れた不審死の陰鬱な空気と決別するかのように、この話に花を咲かせた。
そうして無残な連続する理屈のわからない気の毒な不審死の被害者であった彼らは、皆、神に選ばれた者と誇らしい称号に書き替えられたのだ。
一方では案山子でおしろさんを騙す作戦にバチが当たらないかと心配する声も上がったが、学者が少々格式ばった物言いで言いくるめる事で皆を納得させた。
実際には煙に巻いたと言っても良いのだが、小難しい言葉で語られる話を村人達は学者先生が言うからにはそうに違いないと頷きありがたがって、それを理解出来る賢い自分という演出を周りにそれぞれがして見せたのだ。
田舎者の見栄っ張りが功を奏したとでも言おうか、声の大きい扱いに難しい村人はそうして話に納得し、大半の素直で素朴な人々は特にごねることも無く話を聞き入れる。
それは学者が前にこの地に訪れて知った顔であったと言うことも大きい。
王都から2度もこの土地に足を運んだ学者など、今まで存在しないからだ。
彼の研究は学会では無視されたが、それ自体は有用であり無駄では無かった。
こうして今現在、彼の信用により物事は上手く進み、この土地が救われるのだから。
農民は案山子作りに切磋琢磨し、男爵はその造形技術ですべての案山子の監修を担当する事になった。
真相を知らない他所の貴族に知られたら案山子男爵と呼ばれてしまいそうなので、これは隠しておかなければいけないことだ。
事件が明るみになることで、神に身を捧げたいという狂信者の出現の危険性は十分伝えてある。
それもあって、今後男爵は自殺志願者より魅力的な信者に見える案山子作りを求められる事になった。
試行錯誤の末、さほど遠くない未来に遠目でも目立つよう黄色いフード付きマントの生き人形の様な案山子が農地のあちこちに置かれる事になる。
並ぶ巨石と黄色の案山子が、この土地を象徴する風景として人々に有り難がられる事になるとはこの時は誰も思いもしなかっただろう。




