140話 証明です
残念ながら起こってしまった新しい落下死。
その事実を受け取る為に、私は歩を1歩前に進める。
その体は落下の衝撃でひしゃげたせいか、まるで厚みが無くなってしまっていた。
学者が私から死体の正面がよく見えるように掛け声と共にゴロンとそれを転がした。
「え?」
近付いて良く見ればそれは、枝と古着で出来た等身大の人形である。
ソフィアもそれに気付いたのか目をぱちくりさせている。
「何なんですかこれは!悪戯が過ぎます!」
ソフィアが声を上げた。
私もすっかり人間の死体だと思い込んでいたので、この茶番には度肝を抜かれてしまった。
「お嬢さんをも騙したこの案山子、大したものだと思わないかい?」
学者はなんだか得意気である。
「大人が集まってどういう悪戯ですの? 確かに良く出来てますが人形を使った死体現場の再現か何かですか? わざわざ地面にまでぶつかった細工をして……」
「これは細工では無いのですよ」
男爵も満足気に言う。
「え? では魔法か何かで高く浮かべて落としたとかですか?」
「いいや、お嬢さん。これは正真正銘おしろさんがやった事さ」
何を言っているのか理解出来なかった。
おしろさんが人形を地面に投げつけた?
「あの時色々あったからお嬢さんは忘れているかも知れないけれど、ラーラさんの提案を覚えているかな? 案山子でおしろさんを騙すと言う」
確かにその話はした覚えがある。
まさかこの人達はそれをやってのけたとでも?
「まあ、私自身話半分だったから仕方ない。おしろさんを撃退出来ない以上、私達はやれることを何でもしてみようと話し合って、それを実行してみたのだよ」
「案山子でおしろさんを騙す?」
「そう、まずは黄色の布を付けてね。それはもう見向きもされないと言うか、何の変化も無かったよ。その後私がどうしたかわかるかい?」
「黄色の布だけでは騙せなかったのなら、より身代わり人形を人間に寄せる?」
「そうそうそう!君はいつも話が早いね。僕はこう考えた。『人と案山子の差は?おしろさんはどうやって人の生死を判断している?』」
そう、死体を捨てに戻るという事はおしろさんには、生死の判別が着いているという事だ。
このくだりは前にもやった。
学者は言ったではないか、魔素に惹かれてやってくるなら魔素で生死を判別しているのではないかと。
「魔素……」
「はい! 正解! そこで僕達は白綿虫の群れを捕まえて、袋に詰め込んで案山子に仕込んだんだよ!」
上機嫌なのか、大袈裟な身振りで説明する彼は舞台に立った役者の様に見えた。
事実、これは学者の舞台ではあるが。
「私は古着を集めまして、案山子が人間に見えるよう整えました」
手で実際に整える様にゼスチャーをして見せながら、男爵が恥ずかしげに言う。
この木の人形を上手く人間に見えるように装いを整えたのは、この領主なのだ。
領民も器用だとは思ったが、この人も素晴らしい技術を持っている。
私の目から壊れた案山子が死体に見えるほどなのだ、おしろさんも人と見間違えただろう。
彼等は神話生物を騙す為、知恵を絞り領地を走り回って罠を張ったのだ。
「とてもお上手ですわ」
私は他に口にする言葉を持たなかった。
案山子を囮に?
それを聞いても私は行動しようとは、露ほども思わなかった。
そんなことが可能だと思いもしなかったのだから。
「案山子に詰める虫の量も1つずつ調整してね。実際に攫われたこの案山子を参考にすれば、今後案山子を作るのは楽になりそうだ。白綿虫は土地の魔素を回収して生きている。後はわかるよね? 地表から離されて魔素を供給できなくなった虫が皆死んでしまえば、魔素も拡散してしまう。魔素を感じられなくなった案山子を死んだと判じたおしろさんが、それを返しに来たら作戦は成功という事だ」
「いつ、どこに捨てに来るかは全く分かりませんでしたので、それはもう走り回りましたよ。農民が見つけたら壊れた案山子を修繕して、また畑に立ててしまいますからね」
男爵が照れ臭そうにしているのは、自分の功績を吹聴するのに慣れていないからだろう。
ここ最近の学者と男爵の疲れた様子を思い返す。
それはくたびれるはずだ。
案山子が捨てられる候補地は巨石が見える場所全部なのだから。
「壊れた案山子を見つけたら、報告するよう告知すれば良かったのではないですか」
「僕もそれを提案したんだけどね、理由を聞かれて領民に変に希望を持たせるのは忍びないって男爵が言うもので、一度成功するまではと内緒だったんだよ」
その気の弱さが、余分な苦労を呼んだのではないだろうか。
まったく、この男爵ときたら人が良いにもほどがあるだろう。
「この案山子は10kmほど離れた畑に設置したものですね。6日前に畑から消えた記録があるので、落下死事件をこれが証明してくれます」
「ほぼ、再現したといっていいですわね」
「いや、本当に冷や冷やしたよ。案山子が囮になるかも気にはしたが、もし持っていかれた案山子の中の白綿虫が長生きしたと考えてみてくれないか?」
安堵に胸を撫でおろす学者に言われて、私は首を傾げた。
何日も何十日も案山子に仕込んだ白綿虫が死ななかったら?
私達の想像の通りならば、そのまま黄衣の王の前まで案山子は持っていかれて玉座の前に据えられるのだ。
その時神様はどう思うだろう。
神様も案山子を信者と認めるのか、それとも愚弄されたと激高するか。
「それはとんでもないことですね」
私はそんな事が起きなくて良かったと苦笑しながら心の底からそう思った。




