137話 麺です
「お焼き以外にも新しい何かがあるのですか?!」
料理人は目を輝かせて私に詰め寄ってきた。
「蕎麦粉で麺を作りましょう!」
「麺ですか? 小麦粉を混ぜれば大丈夫だと思いますが、わざわざ蕎麦粉を使わなくても……。ああ! 郷土料理の一環ということですね」
やはり料理人は蕎麦粉だけではボソボソして切れてしまうので、麺としては成り立たないのは知っているようだ。
切れるからといって水分を増やしてもべたついてしまうし、それならば従来の小麦粉でパスタを打つことを選ぶだろう。
まあ粉がそこにあったら、とりあえず麺にしてみるのは誰でもするのだろう。
蕎麦粉はそういう意味では麺にするには向かないのかもしれない。
「小麦粉は極力使わない方向で、とにかく手早くスピード勝負でやってみましょう」
半信半疑なダリルをよそに、大きなボールと蕎麦粉と水を用意してもらう。
「水をわけていれて手早く粉と合わせて見て下さい。こう手をわさわさと動かして水を回す様にするのがコツだと思います」
旅行先で蕎麦打ち体験は2度ほどしたことがあるが、まったくのうろ覚えである。
上手くいくとは思えないけれど失敗してもいいではないか。
まずは挑戦してみるのだ。
「こ、こうですか?」
「こうです!」
エア水回しをしてみせるが、通じているのかどうか。
お焼きの実績のせいか、料理人の付き合いがいいのだけが頼りだ。
ボールの中の蕎麦粉の山にくぼみを作ってそこに水を注ぐ。
すかさずダリルが手を突っ込み混ぜた。
「指を立てて! まんべんなく!」
鬼コーチの様に横でアドバイスする私。
実際の蕎麦職人が見たら卒倒しそうな素人出来かもしれないが、そこは勘弁してほしい。
ボールの中では、蕎麦粉が混ぜられて小さな塊が出来出した。
「それを混ぜながら一つにまとめて下さい!」
私は給水係なので、そっと水を入れながら応援する。
「ふう、こんな感じですかね?」
なんとかまとまった蕎麦粉を次は折り重ねる様に練ってもらう。
「とにかく練って!」
「これは、中々、重労働ですね」
体を使って練っているせいかじんわりと料理人は汗をかいている。
手伝いたいが子供の私では邪魔にしかならないだろう。
初めての蕎麦打ちとは言え、やはり料理人は料理のプロなのだからそこは任せるに限る。
生地の空気が抜けるように何度も練ってもらっているうちにだんだん艶を帯びてきた。
後は伸ばして切るだけだった気がする。
私は調理台にすかさず打ち粉をした。
「ではここで四角く平らに伸ばしてください! これくらいの厚みでお願いします」
私が指で厚さを指示すると、さすが料理人だけあって綿棒を上手く使って薄く伸ばしていく。
パイ生地を伸ばす作業と変わらないせいか、スイスイと均一に伸ばしていく様は魔法の様で見惚れてしまう。
「何度か畳んで伸ばして下さい」
打ち粉をして伸ばして畳んでなんとも美しい生地が完成した。
夢中になってて気づかなかったが、ニコラとラーラとソフィアが厨房をそっと覗いて、これはお菓子なのか料理なのかとヒソヒソと話合っているのが聞こえる。
みんなおいしいものは大好きなのだ。
「あとは細く切るだけです」
あ!と私は声を上げる。
お湯を沸かすのを忘れていたのだ。
「そこの3人、見てるなら手伝って! 大鍋にお湯を沸かしてください!」
「あ、お嬢様、覗いてたのばれてましたか。 何が出来るんですか?」
「試食は必ずさせてもらうからね!」
「新しい料理ならば、是非一番に賞味させてほしいものですね」
蕎麦打ちにかかりきりの料理人に湯沸かしをさせるより、暇な3人を使う方が良いというものだ。
私がやってもいいのだが、銅の大鍋は空の状態でも、私の力では持ち上げるのでやっとだろう。
釜土に運ぶまでにひっくり返って厨房を水浸しにするのが目に見えている。
もうちょっと鍛えた方がいいのではないかと、自分の細腕をみた。
「労働無くして報酬無しですわ! さあお湯を用意して!」
3人に発破をかけて水場へ追い立てていると、ダリルが手早く包丁を動かして蕎麦を切りだした。
太さはこれくらいで?と、目だけで質問されいるのがわかり、私はコクコクと頷いた。
「一人前ずつ打ち粉をしてまとめれば茹でるだけですわ。なるだけ早く、麺が乾く前に沸いたお湯に入れて下さい」
急かす私にラーラとニコラが慌てて薪の追加をする。
「さすが職人ですね。見た目は私の想像通りに出来上がってます」
こんな素人の指示でよくもまあ完成したものである。
こればかりは料理人のセンスでしかない。
この料理人は天才なのではあるまいかと思ってしまう。
茹でる段になってダリルはようやく一息ついたのか深呼吸をした。
「小麦と違って蕎麦の麺は繊細なものですね。作ろうとした人もいるでしょうがなかなか難しい」
実際にやってみた感想を呟いている。
「後は茹で上がったら一度水で締めて下さい。それから冷たいままつけダレで頂くか温めてスープに入れて食べましょう」
「なるほど、トマトソースがあるのでそれで試してみましょうか」
そうこうするうちにあっという間に蕎麦は茹で上がる。
ダリルは手早く笊に纏めると水で洗い流した。
「茹で汁にも栄養がいっぱいあるそうなので捨てずに後で飲みましょう」
私がそう言うと4人は一斉にこちらを向き驚いた顔をする。
「捨てるものを……、飲むのですか?」
ラーラにまで言われると複雑な気持ちだ。
「とても栄養があるものだそうです」
みんなの視線に尻つぼみになりつつそう反論しておいたが、そんなにひどい事なのだろうか。
「はあ、聖女様ともなるといろいろ変わっているんだねえ」
ニコラが感心するようにそう言った。




