134話 案山子です
「おしろさんはまだ立ち去ってはいないと言う事でしたね」
学者が言うには気温が冷害の年のままなので、おしろさんの冷気はまだこの地にあると判断していいそうだ。
「どういう訳か君を諦めてはくれたけど、このまま居座れば更なる犠牲者、うーん同行者? 随伴者と言うべきかな? まあ、連れていかれる人も出るだろうし、冷害も起きるだろうね」
「おしろさんを追い返す方法はありませんの? ほら、シャンを追い出す呪文やオイルのような」
学者は黙って考え込むが答えはみつからなかったようだ。
「探せばあるのかもしれないけれど、残念ながら今の私には術がないね。そういえばラーラが案山子を提案していたね」
案山子か何かを囮にするのは悪くはないかもしれないが、それに引っかかるほど知能が低いとは思えない。
ただ希望があるとすれば、おしろさんから見たらちっぽけな存在である人間と案山子の区別がつかない可能性があるということか?
変な例えかもしれないけれど、人間だって動かない虫と、上手に作った虫の模型が目の前にあったらどちらが本物か見分けがつかないと思うのだ。
自分が虫だと思うのはちょっとなんなのだけれど、存在の大きさ的にはそんなものではないだろうか。
「おしろさんは騙されてくれるでしょうか?」
「うーん、連れて行った人が死ぬと死体を返しに来るんだから、生死の判別はついているはずなんだよね」
よくわからないが律儀に返しに来るのは、おしろさんなりの誠意なのだろうか。
他に考えがあるかもしれないけれど、人間同士だって理解出来ない事の方が多いのだ。
ましてやあんな大きな生き物の考えなどわかろうはずがないというものだろう。
「私、攫われる立場になってわかりましたが、おしろさんの元は寒くて動くどころじゃありませんでしたわ。動かないのを死と判断しているわけではなさそう?」
死んだと思われて地面にポイ捨てされなくて本当に良かった。
あの時の事を思い返すと、その寒さに身震いする。
良く生きて帰れたものだ。
おしろさんの元にいたのが短時間だったことと、聖女館に担ぎ込まれた凍えた私を見ていろいろ指示してくれたヨゼフィーネ夫人の機転のお陰で凍傷も無くいられる。
あまり良い話ではないが孤児院では寒さが厳しい年には、凍傷になる者やそれこそ凍死する者もいるらしく夫人にとっては無縁のものではないのだという。
一晩中付きっきりで暖炉に火をくべ、お湯を沸かして体温が下がらないようしてくれていたそうだ。
「生死の判定か。やはり魔素かな? 捕食対象の白綿虫の魔素を感じて、こちらへ来ているならそう考えるのが妥当であると思う。白綿虫自体も魔素を感知する生き物だし」
「では、案山子は使えませんわね。藁と木では魔素の溜めようがありませんもの。魔素を溜める道具とかがあればいいのですが」
「うーん、どうだろうなあ、やれるかもしれない」
また独り言のように学者は呟くと立ち上がった。
「ちょっと試してみたいことがあるから、私は出かけてくるよ! 一晩戻らないかもしれないけど気にしないで!」
勢いよくそう言うと、彼は聖女館を飛び出していってしまった。
その様子にあっけに取られているとヨゼフィーネ夫人とソフィアが自室で休むように促してきた。
「モジャ男さんにも考えがあるようだし、あなたから見たら頼りないかもしれないけれど、あの子に少し任せてシャルロッテ様はお体を休めましょう?」
「そうですよお嬢様! 当分は安静にして下さい。もしお嬢様に何かあったら王子も侯爵家も軍を率いて男爵領になだれ込むかもしれませんからね? 皆の平和の為にも休んで早く元気になって下さい」
王子はともかく父はやりそうだ。
特に急ぎの用も無いし、やはり少し体が重い気がするのでいう通りに部屋に戻る事にする。
体を休めるのも大事なことだ。
扉を開けるとクロちゃんとビーちゃんが、わっと飛び掛かってきた。
「きゃっ!」
ソフィアに支えられてひっくり返るのは免れたが、クロちゃんはこれでもかと顔を押し付け、ビーちゃんも私の肩に止まってぐいぐいと頭を押し付けて来ている。
その様子から心底心配していたのが伝わってきて、申し訳ないのとありがたさで涙が浮かんでしまう。
「2匹とも活躍したと聞きましたわ。私が助かったのもあなた達のお陰ね。ありがとうクロちゃん、ビーちゃん」
抱き寄せると思う存分2匹が満足するまで撫でてあげた。
この子達もさっきまで眠っていたところを考えると、相当消耗したのだろう。
もう一度寝間着に着替えて、ベッドに入って2匹を呼ぶ。
「あなた達も休みましょう? 眠らなくても一緒にいるだけで安らぐ気がするわ」
ポンポンとベッドの空いてる場所を叩いてみせると、そこに移動してお利口に横たわっている。
クロちゃんもビーちゃんも温かい。
心までほんわかと熱が伝わってくるようだ。
そうしていると、疲れのせいかまた眠気が襲ってくる。
どうかあの冷たい生き物の心までは冷え切りませんように。
リンディがおしろさんに向けた満面の笑みを思い返す。
屈託のない彼女の笑顔があの生き物に届いていたらいいのだけれど。
そんな事を考えながら温かさに包まれて私は眠りに落ちた。




