133話 大立ち回りです
「あの時、おしろさんが現れて、正確には『風に乗りて歩むもの』だけどまあ、あれが現れてお嬢さんを持ち上げたんだよね。私はあろうことか念願の野生の神話生物をこの目に見たというのに、何も出来なくて呆然としていたんだ。いやはや人間わからないものだねえ」
全くもって、もったいない事をしたと悔しそうだ。
「マリウスも体が動かないように固まってしまっていて、リンディはおしろさんを見て嬉しそうだったね。馬の上ではしゃいでたんだ。あの子は大物になるよ」
ああ、なにかわかる気がする。
彼女は子供であるということもあるが、純粋におしろさんを受け入れている稀有な人間なのだ。
「お嬢さんを連れて行かれまいとラーラは凄まじかったよ。剣を抜いて切りかかり叫んでそれはもう」
意識を失う前そういえば物凄い形相の彼女を見たのを思い出す。
やはり彼女は立ち向かったのか。
胆力のある女性である。
それはもう狂戦士のようだった、と学者はそこだけ声を潜めていった。
「その斬撃は歴代の英雄も斯くやと言わんばかりに、おしろさんを襲いもう身震いするほどだったけれど、おしろさんは痛くも痒くもなさそうで相手にもしなかったんだよね」
まあ、あれだけ大きな生き物だといくら剣技に優れた騎士が切り付けたとしても、蚊の様なものかもしれない。
「それでどこかに向かって行ってしまいそうになったところへ、ビーさんが飛んできておしろさんの顔の周りを鳴きながら飛び回ったんだよ。僕たちの方にはクロさんが鳴きながらやってきて、僕とマリウス君をペロペロと舐めてくれたんだけどそれでなんだか落ち着いて、やっと動けるようになったんだ」
マリウスはバツの悪そうな顔をしている。
「シャルロッテ様には皆を避難させるように言われていたのに出来なくて済まない。私はまた何も出来なかった。落ち仔のお陰で漸く動けるようになった私はリンディを連れて応援を呼びに戻ったのさ」
「私はおしろさんがお嬢さんを連れてどこに移動するのか、確認しなければならなかったので見張っていたのだけどね、おしろさんはビーさんが頭に止まったお嬢さんを何故か返してくれたんだ。それはそれは丁寧に」
その話を聞いて、こんなのいらないよと地面にペシンと叩きつけられなくて良かったと心の底から思った。
「お嬢さんを地面に置いた途端、それこそ風に乗ったようにあの巨体は消えてしまったんだ」
「え? ではおしろさんは消えたのですか?」
「いや、消えたと言っても気温からいってもまだいるみたいなんだよね。とにかく私達の前から消えたというか」
「では解決はしていないのですね」
そう口にしてから、おかしなことに気付いた。
話の内容からは、怪我をする要素は全くありはしないではないか。
学者も見聞隊員も騎士達もラーラも、何故怪我をしているのだろう。
「おしろさんはお嬢さんを連れて行くことを諦めてた。それだけは確かだね」
そう学者は念を押した。
それはビーちゃんのお陰だろう。
必死に飛び回り鳴き続け、おしろさんに何かを訴えたのだろう。
あんな小さな体で私を守ってくれただなんて、何ともいえない感動が体に満ちていく。
インコに命を救われる人間なんて広い世界を探してもあまりいないだろう。
後でいっぱい撫でてあげないと。
「で、応援の騎士団も駆け付けたんだが……」
学者はとても言いにくそうにしている。
「ラーラが何というか、お嬢さんに近付く皆をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、それは見事な大立ち回りをしたんだ……」
「え?」
驚きのあまり私の目は丸くなっていただろう。
「ラーラは何というか君を守ろうとしていたんだろうね。それが過ぎてしまったというか、まあおしろさんにあてられたというのが正しいか。ちょっと正気を削られて周りがすべて敵みたいに見えたんだろうね」
「では、皆様の怪我は……」
「うん、ラーラを取り押さえる為の名誉の負傷というか……。彼女すごいよね。ひとりで全員相手にしても勝てそうな勢いだったよ」
溜息をつく学者に対して、ラーラはまるでそれが武勇伝であるかのように誇らしげに胸を張っている。
もしかしたら彼女はまだ狂気に取り付かれているのかもしれない。
ラーラの様子がおかしかったのは、どうやらそのせいの様だ。
庇護すべき私への執着と、周囲への暴力衝動という感じか。
きっと、時間がたてば良くなるだろう。
日にち薬とはよく言ったものだ。
クロちゃんが舐めて学者達の恐怖を解いたというから、ラーラにもしてもらってはと一瞬思ったが、クロちゃんは知っているのでラーラにあまり近付かないのだ。
彼女の目には、自分がおいしそうな仔山羊に映っていることを。
後日情報通のコリンナから聞いたのだが、さすがに村人にはラーラのせいで騎士団、皆が怪我をしましたとは公表出来ないので、全員沈黙を守ったのだそうだ。
そのせいかラーラを筆頭に騎士団の面々もおしろさんに勇敢に立ち向かったのだと、まことしやかに噂が流れだしているようで、元々、友好的だった村人の視線はますます熱いものとなり、羨望の眼で見てくる人も出て来たそうだ。
それがまた騎士団の肩身を狭くし、いたたまれないのか村の建築や道の整備などに手を貸す様になったという。
辺境で行われたこの一件は王国騎士団の清廉で勤勉な評判を上げる事となり、王国民のさらなる信頼を得ることに繋がったのはまた別のお話である。




