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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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131話 おしろさんです

 人は同時にどれだけのことを認識出来るのだろう。

 黄昏の空へと手を伸ばして、嬉しそうなリンディ。

 剣を抜き殺気を身に纏い、空に怒号を上げ出しそうなラーラ。

 ポカンと口を開けた学者。

 眼鏡と前髪で表情はわからないが、その場で固まっている見聞隊員。

 私の目には全員の反応がスローモーションのように映っていた。

 吹き付ける風さえもゆっくりと穏やかに感じる。

 ふふ、そういえば学者と見聞隊員は二人とも髪の毛で目も見えないし、表情がわかりにくいのが似ているわ。

 そんなことを今更ながら私はぼんやり思って笑いそうになっていた。

 人は危機に陥るとどうでもよくなって笑う生き物なのかしら?


 私の体はふわりと持ち上がり、重力から解き放たれた。

 黄色のリボンはギリギリでほどけて私が手にしている。

 リボンを取り上げるのが間に合って本当に良かった。

 攫うなら私だけでいい。

 こんな小さなリンディに、おしろさんのことを好きなリンディにひどいことをしないで。


 ひどいこと?

 これはひどいことかしら?

 そんなつもりはないのよね。

 よかれと思ってしているのだもの。

 黄衣の王様の黄色い印を持っているのは熱心な信者。

 そんなに熱心なのならば、王様にお目通りしたいというものだ。

 あなたはほんのちょっとの親切心からこの小さい生き物をすくい上げて、その信仰の主へ届けようとしただけ。

 地面から掬い上げて、人の世界から救い上げただけ。


 人間もあなたも同じ。

 よかれと思ってしたことが誤解され悪意を持ってとられ、攻撃の材料にされる。

 思い込みが目を曇らせて、悪者に仕立て上げられる。

 それに対して抗議をしても受け入れてはもらえない。

 人は見たい事だけを見て、自分に都合のいい理由をつけるのだ。

 呪いだなんて誰が言ったの?

 ひどい言い様ではないか。

 でもまあ人が死んでいるのだから、責められるのは仕方がないのかしら?

 人が死ぬのは悲しいもの。

 感情的に責められるのは、仕方がないのかもしれない。

 それとも悪いのは、簡単に死んでしまう人間の方?

 大きな存在のあなたからみたら、こんなに簡単に死んでしまうとは思わないわよね。

 人が強靭で丈夫な生き物なら、あなたの王様の神殿へ連れて行かれても、なんの問題もなかったのだ。

 そして攫われた当人はその信仰を神の目の前で捧げる栄誉に浴し、感謝と感動をもってそこまで運んでくれたあなたにもそれは向けられたはずなのだ。

 神はあなたの行為を讃えて、さらなる寵愛を注ぐこともあるかもしれない。

 ごめんなさい。

 人は脆い生き物で。

 こんなに弱くなければ、なんの悲劇も起きなかったのに。

 地べたから引き離されただけで、死んでしまう弱い生き物でごめんなさい。

 私達はあまりにも小さく無力で無知なのだ。

 だからそんな場所まで、たどり着けない。

 きっと生きてその神の前に立つことが出来ても、心は壊れてしまうだろう。

 この生き物は、内も外もそれは脆く儚く出来ているのだ。


 雪で出来たような真っ白い巨大な体躯に赤い瞳。

 おしろさん。

 学者は何と言っていたっけ。

 風に乗りて歩むもの。

 そう、こうやって風に乗ってあちらこちらを旅するのね。


 私の体は全身雪に包まれたように冷たい、いや、もう冷たいのか暖かいのかもわからない。

 冷え切って体の感覚がなくなったようだ。

 眠気が襲ってくる。

 空気も薄いのではないかしら。

 雪山で遭難した時は、眠ったら駄目なのだっけ?

 さっきまでは冬ではなかった気がするのだけれど、いつの間にこんなに柔らかな雪に囲まれてしまったのだろう。

 指先や足先から寒さが入り込んで、私の体をふちからポリポリと齧り蝕んでいくようだ。

 なんて緩慢な死。

 こんな風に死ぬのも悪くない。

 こうやっていつかも私は空を見上げて死を味わったことがある。

 ふふ、あの時は黒山羊様を焦らせてしまったのだ。

 また焦ってくれるかしら?

 すぐに死んでしまって情けないと呆れるかしら?

 それともちっぽけな私の事など、とうに忘れているかしら?

 優しい家族、綺麗な生活、楽しい友達、美しい世界。

 神様の世界はとても素敵だった。

 私に色々な物をくれてありがとう、私のかみさま。


 ふいに耳元に騒がしい鳴き声が響く。

 ぴー じゃっじゃ ぴいぴい ぴいぴい

 必死の鳴き声。

 薄っすら目をあけるとビーちゃんが、私の周りを守るかの様に飛び回り抗議するかのように鳴いている。

 どうやってこんな空の高くまで来たのかしら?

 そういえばインコと言えど黄衣の王に仕える騎士だものね。

 風が吹く場所ならば、どこにでも飛んでこれるのかもしれない。

 こんなところまで付いて来てくれてありがとう。

 そばにいてくれてありがとう。

 ここまでで良いからビーちゃんは安全なところへ帰って。

 ああ、クロちゃんにお別れも言えなかった。

 どうか幸せでありますように。

 みんながあなたたちに優しくしてくれますように。

 きっと祭司長が面倒をみてくれるだろう。

 遠くでめえめえと鳴く声も聞こえる。

 お利口にお留守番をしていてねと言ったのに。

 何故、ここまで声が聞こえるのだろう。

 2匹の声を聞きながら終われるなんて、なんて贅沢。

 そうして眠りに落ちる私は、もう寒さを感じることはなかった。   

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